神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>
『【鍵】たる者よ・・・・それを得たからには、躊躇うな・・・
行くがいい・・・そなたの真実の眼は、このオルトランが見届けた・・・・
月闇の夜は、まもなく来る・・・・行くがいい、【鍵】たる者よ・・・・』
 姿は見えぬが、確実に彼女の耳を掠めてゆるやかに遠ざかるその声に、リーヤは、『無の三日月』の柄を握ったまま、ハッと肩を震わせると、その紺碧色の両眼を虚空に向けたのだった。
 その視界の先に浮かび上がってくる、朱に輝く大きな炎。
「待って下さい!オルトラン!!まだ、聞きたいことがあるのです!!オルトラン!!」
 しかし、彼女を取り囲んでいた、あの古の青年の不思議な気配は、彼女の元から急速に遠ざかっていったのである。
 見つめる虚空に在る朱の炎は、彼女の眼前で一瞬、眩く発光すると、砕け散るように千々に弾けて、幾筋も幾筋も流星のように美しい帯を引きながら神殿の中に乱舞する。
 その眩しさに僅かに瞳を細めたリーヤが、次に見た物は・・・・薄暗かった空間に不意に開かれた、晴れ渡る空の色だったのである。
「!?」
 びゅうんと高い音を立てて、砂混じりの風が、彼女の艶やかな紺碧色の巻髪を浚って通り過ぎていく。
 気付けば、あの荘厳な神殿の風景は既に消え失せて、そこには、荒涼とした大地に抱かれて、象牙色の砂に埋もれた幾本もの石柱が、ただ、孤高に立つ光景があるだけであった・・・・
 そう、彼女が立っていたのは、先ほどアーシェの末裔たるジェスターに連れられて来たはずの、あの朽ち果てた神殿の最中だったのである。
「・・・・・」
 リーヤは、どこか戸惑ったような、しかし、ひどく厳(いかめ)しい顔つきをして、凛と輝く、晴れ渡る空の色をした両眼でゆっくりと辺りを見回した。
 そして、赤い刃を持つ優美な三日月型の短剣を持ったまま、一つ小さくため息をつくと、砂に侵食された白い床に落ちたままの、『無の三日月』の鞘を拾い上げ、赤い刃を静かにその中に収めたのであった。
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