神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>
 細身の剣を腰の鞘に戻すと、鞘を履くベルトに鞘ごと赤き短剣を差して、彼女は再びゆっくりと辺りを見回したのである。
 岩と砂利と砂に埋もれた大地に抱かれる、忘却の街。
 砂混じりの風に艶やかな紺碧色の髪と、緋色のマントが翻る。
 しなやかな肢体ごと、その晴れ渡る空の色を映す瞳を朽ち果てた街の東に向けた時、ふと、そんな彼女の視界に、見たことのある、朱の衣を纏った背中が飛び込んで来たのであった。
「・・・・ジェスター?」
 リーヤは、静かに爪先を向けると、足元の砂を蹴りながら、崩れ果てた建物の合間を、ゆっくりと、遠くに見える彼の元へと歩み寄って行った。
 忘却の街の東の外れ。
 砂に埋もれるように立ち並ぶ荒削りの石柱が示すものは、その命が終(つい)えたアーシェ一族の者達が眠っていることを示す、墓標であるようだった。
 その中の一つの前に立ち尽くし、鋭い無表情で墓標である石の柱を見つめやっている、若獅子の鬣のような見事な栗毛を持つ、長身の青年の姿。
 砂混じりの風が吹きすさぶその最中に、衣の長い裾が緩やかに翻っている。
 天空から注ぐ、金色の太陽の切っ先が、彼の背中に負われた大剣の柄を鋭利に輝かせていた。
 燃える緑の炎を思わせる、鮮やかな緑玉の瞳を僅かに細め、彼は、ただ、身動ぎもせず、真っ直ぐに、何も書かれていない墓標を見つめ据えるばかりであった。
 そんな彼の少し後ろに立って、リーヤティアは、ふと、緋色のマントを羽織った肩を小さく揺らしたのである。
 鋭い無表情・・・・だが、どこか悲哀にも似た、言い知れぬ陰影が彼のその端正な横顔を縁取っていて、彼女は、彼の名前を呼ぶことを一瞬、躊躇った。
 びゅうんと高い音を立てて、砂混じりの風が忘却の街の合間を吹き抜けていく。
 リーヤには、一体彼が、誰の墓標を見つめているのか、全く見当もつかない、ただ、常に豪胆な彼にこんな表情をさせるだけの人物が、おそらく、そこには眠っているのであろう。
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