神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>
 何をも言葉に出せずに、リーヤは、腰に差した『無の三日月』にさりげなくしなやかな手を置いたまま、綺麗なその顔をどこか複雑な表情に満たして、彼女もまた、真っ直ぐな瞳で黙って彼の広い背中を見つめすえたのだった。
 その時、太陽の光を受けて金色に輝く栗毛の髪を揺らして、彼、アーシェ一族の末裔にして妖剣アクトレイドスを操る魔法剣士ジェスター・ディグが、ゆっくりとリーヤを振り返ったのである。
 燃え盛る炎のような美しい緑玉の瞳が、複雑な表情でその場に立ち尽くしているリタ・メタリカの果敢な姫君の秀麗な顔を真っ直ぐに見た。
 そこで、彼女はふと気付いた・・・・心なしか、彼の顔色が悪い・・・
 リーヤの桜色の唇が、その時初めて彼の名を呼んだ。
「ジェスター・・・・・」
「『無の三日月(マハ・ディーティア)』は、無事にお前の手に渡ったようだな・・・・・・」
「この短剣のことを、貴方は知っていたのですか?」
「まぁな・・・・・行くぞ、長居は無用だ・・・・・痛くてたまらねぇ・・・・・」
 相変わらずの無粋な物言いでそう言うと、形の良い眉を僅かにしかめて、朱の衣を風に棚引かせながら、ジェスターは、リーヤの目の前を通り過ぎて行った。
 リーヤは、怪訝そうに眉根を寄せると、ふと、その視線を、先程まで彼がじっと見つめていた、あの墓標へと向けてみる。
 砂に埋もれるようにして立てられた低い石柱・・・そこには何をも刻まれてはおらず、ここに誰が眠っているのかすら、全く彼女にはわからない。
 しかし・・・・
 もしかしたら、彼にとってかけがえのない誰かが、そこに眠っているのかもしれない・・・・
 彼女は、何故か、一抹の切なさをその心に覚えながら、きびすを返すと、慌てて彼の後を追いかけたのだった。
 緋色のマントが砂混じりの風に翻る。
「ジェスター・・・・貴方、どこか怪我でもしているのですか?」
 怪訝そうな顔つきをして、まじまじと彼の端正な横顔を覗き込んだ彼女に、彼は、ちらりとだけ、その緑玉の視線を向けたのだった。
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