お前がいる場所が、好き。Ⅰ
その後、わたしは桜花ちゃんと何をしたのか覚えていない。
多分、あの後何もしないで、今のように家に向かって走っていると思う。
「ただいま……」
家のドアを開けて、わたしは入った。
靴にも雨水が入ったんだ。脱ごうとしたら水の音がして、靴下も濡れている。
「あら、おかえり。全く何していたのよ、こんなに濡れて」
ほら拭きなさい、とお母さんは、あの時のようにタオルを渡してきた。
ただ、あの時よりかなり落ち着いている。あの時っていうのは、湖に落ちたことだけど、そりゃあ晴れていたから、ずぶ濡れになるだなんておかしい。
「ううん、別に何もしてない……」
少し笑っていたお母さんだったけれど、わたしの様子を見て不思議そうな顔をした。
「何もないのに、帰るのに時間がかかったの?」
ぱちぱちと、お母さんは瞬きを繰り返した。
「あっ……。ちょっと学校に用事があって。先生に質問とかもしてたから」
セミロングにした茶色い髪をタオルで拭きながら、わたしは適当に考えたことを口に出した。
「沙織」
少し沈黙が流れた後、お母さんは、真顔でわたしの名前を呼んだ。