お前がいる場所が、好き。Ⅰ
そんなことも知らない寺本の弟妹は、すっかりずぶ濡れになっている。
「あの子達、あんなに濡れてるけど、大丈夫?」
弟さんも妹さんも、服や髪が濡れているにも関わらず、明るい笑顔で遊んでいる。
「平気。このバッグにちゃんと着替えがあるし」
寺本は、自分の黒いバッグを少し持ち上げて言った。
「重そうだね」
「いやいや、服といっても小さい奴のだし、2着だけだから、もうとっくに慣れてる」
寺本がそう言った瞬間、いきなり水が髪にかかってきたので、驚いて見ると、寺本の弟妹が楽しそうに笑っていた。
「おい、何すんだよ。兄ちゃんは着替えないんだぞ!」
横を見ると、寺本はびしょ濡れの顔を拭きながら、楽しそうに笑っている自分の弟妹にそう言っていた。
「いっしょにいるの、だれー?」
弟さんが聞いてきた。
一緒にいるの、というのは、わたしのことだろう。
「あ、わたし? わたしね、お兄ちゃんと同じ塾に通ってる、増山 沙織です。よろしくね」
わたしは、出来るだけゆっくり『ますやま さおり』と発音した。