ココロとセツナ
俺は、マナにかねてからの計画を明かした。

神社カフェの休憩室にて。

「舞台を観に行こう」

マナは不思議そうに、カフェのカップを磨きながら俺に聞き返した。

「舞台?それは何?」

「観劇だよ。芝居を見るんだ」

8月の日曜日。
都内の、とある劇場へ向かう。2人で少しお洒落をし、午前中に家を出て、電車に乗り込んで。

これでも、結構悩んだ。

マナをデートに誘うには、どこがいいだろうか、という事だ。

遊園地はダメだ。絶対に。

人間ではない彼女にとって、どの乗り物に乗ったとしても、退屈そうな顔をするだけだ。

お化け屋敷などに入ったって、自分自身が怪奇現象そのものなんだから、面白がるかも知れないが、絶対に怖がらないに違いない。

「何なんだよ、アイツはよ…」
ため息が漏れる。レアな女過ぎる。

映画も考えたが、それよりは、生身の人間を見る方が好きなのではないかと思った。


それで、『舞台』を選んだ。


マナに、俺をアピールする為。


他の色の『俺』よりも、誰よりも、自分を好きになって欲しかった。

他の『俺』たちだって、何人かはそう思っているだろう。

俺がまだ、1つの自分になれないのは、多分、1つになりたくない『俺』が、どこかに存在するからだ。

バラバラな俺たちはきっと、全員こう思っているに違いない。

「どの自分を、マナが1番好きだと言うのかを、彼女から聞き出したい」

俺は別に今、1つの自分に戻ったって構わないが、やっぱりその前に直接、彼女に聞いてみたい気はする。

「俺の事、1番好き?」


劇が始まった。
マナは、集中して舞台を楽しんでいるようだった。

主人公の青年は、自分に自信が無い。

ひょんな事から歴史の教科書に出てくるような、不思議な世界を旅することになる。

恋をしたり、自分を奮い立たせる出来事に遭遇したり、色々な困難を乗り越えながら、自分に自信を取り戻していく物語。


「海斗みたいだった。あの男」
帰り道、電車に乗る前。涼しい街中を歩きながら、マナはこう言った。

「あんなに、ナマケモノかなあ、俺」

マナは笑って、俺の腕に、はしゃぐように自分の腕を組んで絡ませた。

「今日、楽しかった。ありがとう、海斗。舞台は、面白い」

「そうだよな」

「演じている人の心と、役の心は違うのに。心の色は、台詞とはまるで別なのに。とても本物とそっくりで、思わず人は、騙される」

「ああ」

『黄色』の俺は、誰よりも、自分以外を意識している。

人の心が見える事に対して、とても敏感だ。

楽しい気持ちを続けたければ、相手の機嫌を損ねたりはしたくない。

だから自分の気持ちすら、誰かに、どこかに、何かに、寄せてしまう。

その方が、楽だからだ。


「あなたは、優しい」


マナは、急にこう言った。

「私はね、あなたに会いに来た。あなたは、人のことを、とても解ろうとする。だからいつも、苦しむの」

マナは、俺の胸の中に、飛び込んだ。

「そんなあなただから、大好きなんだ」


ふわふわとしていて、心がいつも、漂っていても?

衝動的で、ついていけない時があっても?

「本当に?」

声が震える。

「本当」

マナの笑顔は、蜂蜜みたいに甘い。

『誰よりも、俺が好き?』

聞いてしまいたい衝動を、彼女をぎゅっと抱きしめながら、ぐっとこらえる。

きっと、そんな俺の気持ちすら、彼女にはお見通しなのかも知れないけれど。
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