ココロとセツナ
「『灰色』の海斗は、ずるい人。全部解っていて、全部把握しているくせに、絶対に自分からは動かない」


仕方なしに、あなたを紹介してあげる。


「見てたからね」


そこは否定しないようだ。


「悩んで悩んで、あなたはいつまでも悩む。そして解決できない悩みたちが奥深くに沈んでいくのも、自分でちゃんと解っている。だから」


「だからあなたは清らかな霊水を、心の中で、ずっと飲み続けなければならないの」


「え?」


『マスター』は、驚いた。


「1番大人で、何もかも知っているあなたにしか、出来ないこと」


私は続けた。『マスター』に向かって。


「あなただけは、積み重なる悩みを上手に清めながら、心の混沌と共存しながら、しっかりと生きていく事が出来るから」



テーブルの上に、大きな盃が現れた。



そこには、清らかな霊水が注がれている。


私は、盃を見て、こう言った。


「多分、この水を全員飲めば、1人の海斗に戻れる」


『黄色』の海斗は、はっと思い出した。


「マナ!」


「聞きたいんだ、今後のために。その…」


「うん。何?」


「どの『俺』が、一番好き?」


聞かれると、思わなかった。


みんなが固唾を飲んで、こちらを見ている。


誤魔化したりは、決して出来ない。


でも、答えなど、1つしかない。


「いま私が話したみんなが、1番大好き」


全員の、笑い出す声、不満そうな声が一斉にあがる。

急に、一人一人と会えなくなる寂しさが襲ってくる。



でも、前に進むために、ここまで来たんだから。


儀式を、始めよう。




「まずは、『黄色』の海斗」


導かれるように、『黄色』の海斗は盃を持った。


「マナ、また遊びに行こう」

「うん。約束」


彼は霊水を口にすると、その瞬間、姿を消した。


「次は、『緑色』の海斗」

緑色の海斗は、盃を持った。

「マナ、毎晩添い寝してあげるからね」

「うん。よろしく」


霊水を口にした彼は、ゆっくりと姿を消した。


「次は、『紫色』の海斗」


「手を出して、マナ」

「うん?」

右手を差し出すと、『紫色』の海斗は、手の甲にキスをしてくれた。


「もう、俺に謝らなくていいから」


彼が盃の水を飲むと、その姿は跡形もなく消えてしまった。


「次は、『青色』の海斗」

彼は、私をぎゅっと抱きしめた。


「お別れじゃないよね。…また会おう」


「うん」


『青色』の海斗は盃を持ち、そっと口付けた。

彼は風のように一瞬で、いなくなった。


「次は、『赤色』の海斗」


「色々心配かけて、ごめん」

「うん」

「マナ」

「?」


「愛してる」


その瞬間、抱きすくめられ、キスをされた。

「うん。私も、愛してる」


『赤色』の海斗は盃を持ち、豪快に水を飲んだ。


炎のように鮮やかな色が一瞬舞って、彼は消えていった。


「『マスター』」

「俺が最後で良かったわけ?みんな不満そうだったけど…」

「うん」

『灰色』の海斗は、私の頭を撫でてくれた。

「偉かったな。本当は、泣き出したかったんだろ」

私は、涙腺が崩壊するのを感じた。


「うん。今も」


彼は笑った。


「ありがとう。俺の事、解ってくれて。何だかスッキリした」


「うん」


私は、盃に残された霊水を、一滴残らず口に含んだ。


「おい、何するんだ、俺の分…」


私は、ありったけの想いを込めて、『灰色』の海斗に口移しで霊水を飲ませた。
< 17 / 21 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop