ココロとセツナ
学校の図書室にて。

放課後。
樹木医を目指す俺は、課題を終わらせて早く自分が本当に読みたい本を読もうと、問題を解く事に集中していた。

マナは、俺の隣で机に頭を乗せ、気持ち良さそうに、完全に熟睡している。

その寝顔は、まるで天使のようで。

いや違うのか。本人曰く、不死鳥なのか。

艶やかな、長い黒髪。
半開きにした口元、長い睫毛。
真っ白な肌。

見えているマナは、人間の少女そのものだ。

俺が惹かれているのは、彼女の見せかけの外見なのだろうか。

心の中は、色さえも、見せてくれないのだから。

彼女を見つめるうちに、急に畏怖の念が襲ってくる。

見つめることを許されない幻の秘宝でも、こっそりと見せてもらっているかのような。


マナが俺と、片時も離れずに一緒にいようとしてくれているのは、すごく伝わってくる。

だから悲しい。とても。
それが、終わりのない謝罪の一部のように感じてしまうから。

7月の終わり。
高校2年の夏。
本当に、この時間は現実なのだろうか。

「三上」

図書室の扉から、担任の時刈爽先生の声がした。

「先生」

時刈先生は、岩時神社の宮司も務めている。元々高校教師だったが、神職を引き継ぐ事を最近決意したのだという。

「後で神社に寄っていかないか」

「はい」

1時間後に勉強を切り上げると、マナを起こして神社に寄った。

暑い。汗がこぼれ落ちる。
蝉の声が、うるさい。

カフェにてアイスコーヒーを出してもらい、先生と2人で飲む。

「この神社は、俺の代で終わりなんだ」

「え?」

神社に終わりがあるのだろうか。

ムラや集合体が団結して守ったのがそもそもの神であり、神職者の一族の血が絶えたら終わり、などという話は聞いたことがない。

「『時刈』という名字、不思議だろ?」

「そうですね」

「その『時刈』が無くなる」

カフェの売店では、マナが巫女姿でお守りを販売している。だんだんこの光景も見慣れて来た。

「俺は、不要な『時』を刈る」

先生はコーヒーを見つめながら、こう切り出した。


…?


また、おかしな人?が現れた。


また、話が、相当ややこしくなる。


そういえば、この人はマナの兄だった。
もう、いい加減、この妙な世界で俺を振り回すのは、勘弁してくれないだろうか。

俺は、少しイライラしながらこう聞いた。

「あなたは人間ですか?」

「人間であり、そうではない」

「この時間は、現実ですか?」

「お前にとってはね」

俺は、ため息をついた。

「意味がわかりません」

「5月7日16時は、お前に何回訪れた?」

そういえば。

『紫色』の自分自身では一回きりの記憶だが、俺たちは全員の記憶を共有している。

「5月7日16時は、たくさん存在しました」

しかも、5月7日16時って、一体何だったんだ?
あの時は特に、ぐちゃぐちゃで。

マナが学校にいた。
転校してくる前だった。

時刈先生は、飄々とした風情で笑った。

「時間は、目印でしか無いんだよ。その時のお前にとって、都合よく思い出す為だけにある」

時刈先生は、こう続けた。
「だから、俺は、いらない時間を刈る」

そして先生は、少しだけ表情を曇らせた。

「何とか、マナを導いてやらないと」

導く?

この人は、一体何者なのだろう。
< 9 / 21 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop