天空に一番近い蒼─好きになった人は腰掛け体育教師でした
若葉の季節
 空はふわり薄曇り。

 夏が近付く気配の湿気た空気が辺りを満たしている。夕刻には雨が降るらしい。


 キィ…

「よ、青海」

 白い半袖のTシャツを涼しげに着た先生が姿を現した。

「調子はどうだ?」

 いつものように私の隣に座ると、黒いジャージのパンツのポケットから煙草を取り出す。


「…別に」


 先生はライトブルーのパッケージをとんとんと叩いて1本取り出してから「あ」と幽かに声を上げ、

「煙草、煙たい?」

と訊ねた。


「…うん」

「そうか。じゃ止めとくか」


 取り出した1本を再びパッケージに納め、ポケットにしまう。


 教室の生活音、さざめくような少女たちの話し声、それに遠くで鳶の鳴く声。
 雲の向こうで朧に照る高い太陽。汐の匂いを含んだ風が屋上を吹き渡る。そこにふたり並んで空を見上げる。


「あ、青海」

 不意に先生が呼んだ。

 私はちらっと視線だけ投げる。


「どうだ、その後。悩み事はないか?」

「……」


 何その漠然とした質問。
 先日あれだけ話聞いておいて、そう簡単に悩みがなくなるとでも思ってるの?

 どうせ姉の手前良いことを言っておきたいだけなんでしょ?見え見えだよ。
『仁科先生が親切にして下さった』なんて、絶対姉に報告するわけないんだから…


(針千本ってどこで売ってるんだろう)

 もやもやした頭でぼんやりそんなことを考える。


「無い。あったとしても先生には話さない!」


 言いながら私は立ち上がり歩き出す。


「青海!」

 先生の声が追い掛けてくるけれど、構わず早足で扉に向かった。


(あぁぁ、もう少し昼休みあったのに。誰かさんのせいで)

 胸の中で悪態を吐きつつ軋む金属扉を開け、私はいつもの混沌とした生活感の中に戻っていった。

           *
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