ピュアダーク
「でもさ、いつも私の知らないこと一杯ありすぎて、最近周りだけがぐるぐる動いてるように感じるの。それにアメリアが事件に巻き込まれてるとき、電話に出てた人もそう。あのときヴィンセントの声も聞こえた。もしかしてあれはヴィンセントのお父さんなの? だけどなぜあのときあの人と電話なんかしてたの? アメリアとどういう関係?」

 この質問をされることはアメリアには想定内だった。

 どうすべきかも分かっていた。

「ああ、あれは偶然で、仕事関係の話だったの。時々警察が事情を知りたがったりするの。事件性があるものは特にね。ヴィンセントの父親とは知らなかったわ」

 アメリアは平気で嘘をつく。

「そっか、アメリアは弁護士だもんね。それにヴィンセントのお父さんは刑事さんって私も最近知ったとこ。そっか警察が絡んでくることもあるんだ。でもすごい偶然だね。まさかヴィンセントのお父さんだったなんて…… 」

 ベアトリスはあっさりと誤魔化されてしまった。

 疑うことももっと掘り下げて真実を知ろうとしないこともアメリアには都合がよかったが、嘘で塗り固められたものが剥がれ落ち、そして真実だけが残ったその時のことを考えると恐ろしくなる。

 ──いつかは剥がれる。その時私は……

 アメリアはいつも心の中の恐れに潰されそうだった。

 打ち勝つためには表面から厳しくならざるを得なかった。

 ヴィンセントという名前を呟くのが辛いのか、いつの間にかベアトリスの表情が暗くなっていた。

 アメリアがどう声を掛けようか迷っていたとき、いい香りが漂ってきた。二人して顔を見合わせる。

「あれ? なんかいい匂い」

 ベアトリスは様子を見に匂いのする方向へ足を運ぶと、キッチンでパトリックが鼻歌を交えて料理をしていた。

「ちょっと、パトリック何してるの?」

「ん? お昼ごはん作ってるの。お腹空いてるだろ」

 パトリックはフライパンを一振りして器用に中身をひっくり返している。

 テキパキと料理をする姿にベアトリスは暫し唖然としていた。

「ぼーっと見てないで、お皿とってよ」

 パトリックに指示されて、ベアトリスは慌てて、戸棚からお皿を出す。

 まだ言葉が出てこない。

「あっ、もしかして僕に見とれてる? エヘヘ、いい夫になれそうだろう」

 パトリックの無邪気に笑う笑顔にベアトリスは圧倒される。

 そして確かに自分よりは料理が上手いのは一目瞭然だった。

 そう思うと少し悔しくなった。

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