ピュアダーク
 嬉しさの勢いで、シンクの前で洗物をしているベアトリスの後ろに立つといきなりぎゅっと抱きしめた。

「キャー」

 ベアトリスがびっくりしてお皿を落としてシンクの中で割ってしまった。

「ちょっと、何するのよ。離しなさいよ。お皿割っちゃったじゃない、もう!」

「それくらいいいじゃない。後で新しいのプレゼントするよ。これから一緒に住むんだから。それで嬉しくてたまらないんだ」

「えー、いつの間にそんな話に。アメリアが言ったの?」

「うん、そうだよ。一部屋空いてるから使っていいって」

「嘘でしょ……」

 水道の水が流れっぱなしになって止めるということも忘れ、ベアトリスはパトリックに後ろから抱きつかれながら呆然となっていた。

 パトリックはそれをいいことに、長い間愛おしくベアトリスを抱いていた。

「うっ、苦しい。しかもいつまでも邪魔」

 ベアトリスが気を取り直すと、ぬれた右手の甲をあげ、パトリックめがけて後ろに振り上げた。それはパトリックの鼻に命中する。

「いてー、何すんだよ。折角いい雰囲気なのに」

 パトリックは鼻を押さえる。

「いつまでも調子乗って抱きついてるからよ。また言うんでしょ。弾力があって気持ちいいとか。私はクッションじゃないの」

 ベアトリスは後ろを振り返り、パトリックに顔を向き合わせ怒った。

「違うよ、僕は男だからいつも君に触れていたいんだ。ただのスケベってとこかな。男はみんなそういうものだと思うけど」

 恥ずかしくもなくあっけらかんと本音をいうパトリックに、ベアトリスはただ面食らった。

 また彼のペースに乗せられると思うと、慌てて釘をさした。

「これからは指一本私に触れないで。一緒に住むなら尚更。判った?」

「うーん、約束できるかな…… ごめん、やっぱりできないや」

 パトリックはまたしつこくベアトリスに抱きつく。

 バタバタと抵抗するベアトリスの耳元で囁いた。

「どんなことがあっても僕は君を守ることを誓う。全ては君のために、僕の魂を捧げるよ。これだけは約束できるよ」

 ベアトリスの体全身に力が入った。

 どこかでよく似た台詞を聞いた。

 ──ヴィンセントも同じようなことを言った。あの物置部屋で、騎士に扮しながら。

 ベアトリスが急に動かなくなったので、不思議に思いパトリックはベアトリスを離した。

 ベアトリスは神妙な面持ちでパトリックの顔を見る。

「だったらその誓いの証を私に見せて」

 ベアトリスはパトリックがどう行動するのか固唾を呑んで見ていた。

「そっか、証か。うーん。君にキスをして証明ってことでいい? それなら僕も喜んで」

 パトリックは唇を突き出すと、ベアトリスは彼の鼻をつまんだ。

 ──なんだただの偶然か。

 ベアトリスは考えすぎたと体の力を抜いた。

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