ピュアダーク
「殴りたければ殴ればいい」

「お前を殴る? そんな価値などない。だが、ベアトリスには二度と近づくな。隠れてこそこそとすることも許さない」

「判ってるよ。思いはすでに断ち切ったよ。親父の前でも同じことを言われて約束した。今日は昨日のアメリアの事件の後にダークライトが何も感づいてないか確かめに来ただけだ。幸いそれは大丈夫だった。それにお前が来てることもわかったし、これで安心だ」

 ヴィンセントは飼い猫のように大人しくなり淡々と語った。

 言葉とは裏腹に落ち込んで立ち直れない弱さが伝わる。

 嫌いな相手ながら、ヴィンセントの態度がやるせなく、目を覆いたくなる程見たくない光景に出くわして、パトリックは戸惑った。

 生意気で自信過剰な奴だったはずなのにと思うと、この態度はありえなかった。

 二人はこの後、沈黙したが、バスがやってきたことでヴィンセントは無言でそれに乗った。

 バスにはまばらに数名の乗客が座っているだけで空いていた。

 パトリックはヴィンセントが座席に座るまで外から見ていたが、ヴィンセントは一度もパトリックと目を合わさなかった。

 バスはウィンカーをカチカチ点滅させて、黒い排気ガスを噴出し、一般乗用車の中に紛れて去っていった。

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