ピュアダーク
「それで?」

「えっ?」

 パトリックの落ち着いた笑顔が予想外だった。

 まるでこの状況を喜んでいるようにしか見えなかった。

「だから君が何を言いたいかだよ。君の気持ちはわかったと言っておこう。だけど、僕の気持ちは変わらない。君はただ迷ってるだけだろ。想い人がいる、でもそんなときに僕が現れた。僕が側にいることで気持ちに変化が現れて、それを自分で筋道立てようと僕に話をした。心揺れ動くのが自分でも認められなくて罪悪感を感じたってところかな。今の言葉は自分で自分のために言い聞かせたってことだ。僕のために言った言葉じゃない」

「なっ、何をいうの」

「いいっていいって、慌てるところが、図星ってことさ。それが心というものだよ。僕が側にいることが心苦しくなったんだろ。ベアトリスの考えていることくらいわかるさ。君は純粋なんだよ。自分の気持ちの変化ですら罪深いと考えてしまう。でも僕は却って嬉しいよ。だってそれって、僕にもチャンスがあるってことだから。僕は君のこと諦めない」

 パトリックの穏やかで静かに見つめる瞳は、ベアトリスに心の中を見せているようだった。

 何があっても心はゆるぎなくベアトリスしか見ていないことを瞳に映している。

 ──この瞳。この瞳が私を惑わせるの。悔しいけどパトリックの言う通りかもしれない。私……

「ねえ、一つ聞いていい? どうしてそこまで私のことを想えるの。あんなに年月をおいても、子供のときからの気持ちをずっと持ち続けられるの。私、パトリックのこと忘れてたんだよ。今だって、昔と違って別人のようになってるのに、それなのにどうして」

「人を好きになるってなぜだと思う?」

 ベアトリスは逆に質問され、言葉に詰まり答えられないでいた。

「ほら、それが答えなんだよ。君は何もいえない。すなわち、明確な答えがないってわかってるんだよ。誰にも説明できない。自分でもわからない、なのに心は知ってるんだ。 僕の心に君が入り込んでから、僕は自分では説明できないのに、心は君を想い続ける。理由なんてないんだ」

「でも、私はそのあなたの気持ちに甘えたくないの。他の人を想いながら、パトリックの気持ちを受け入れるなんて私にはできない」

「やっぱり原因はそこか。いいんだよそれで。僕は少なからず君の心に少し入り込んだってことだね。嬉しいよ。そうやって気持ちをぶつけてくれて」

「パトリック、あなたに何を言ってもいつも前向きな答えしか返ってこない。だけど私……」

「じゃあこうしようっか。ちょっと待ってて」

 パトリックはソファーから立ち上がると、自分の部屋に行って何かを持ってきた。

 それをベアトリスの目の前に差し出した。

「それは、婚約証明書。これをどうするの」

 パトリックは突然それを二つに切り裂いた。

 ビリッという紙の音が耳の鼓膜に衝撃を与え震わした。

 突然のパトリックの行動にベアトリスは面食らって息を飲んだ。

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