ピュアダーク
 ──ここからだ、大変なことが起こるのは。俺は母さんの死に耐えられなくなって外へ飛び出し、ベアトリスとパトリックが心配して後を追いかけてきた。だが、もうその時点で辺りの木をいくつか感情任せで倒してしまった。

「ヴィンセント、落ち着いて」

 ベアトリスがヴィンセントにタックルするように後ろから抱きついた。

「離せ、離さないと君も吹っ飛んでしまうぞ」

「嫌、絶対離さない」

「ベアトリス、危ない。そいつから離れるんだ。うわぁ」

 パトリックの目の前に木が倒れこんできた。

 リチャードが間一髪のところ、パトリックを抱えて避けた。

 パトリックを安全なところに置き、リチャードもヴィンセントの後を追う。

「ヴィンセント、やめるんだ。母さんの言ったこと思い出すんだ」

「あー!」

 ヴィンセントの悲痛な叫びが森に響き渡る。

 ベアトリスは渾身の力を込めて必死に食い止めていた。

 その時、ベアトリスの体から光が突然放たれた。

 リチャードもパトリックも目を見張った。

 その光はヴィンセントを包み込んだ。

 ヴィンセントは全く動けなくなり、電気ショックを与えられたように目を見開いて痺れていた。

 二人は溶け合って一つの塊になるように光り輝く。

 ヴィンセントの心にベアトリスが入り込み、この時意識が共有された。

「ヴィンセント、落ち着いて。大丈夫だから、私が側にいるから」

 ベアトリスの言葉は直接ヴィンセントの心に届く。

 ベアトリスの肌の温もりのような温かさを体全身で感じ、彼女に優しく撫ぜられている気分だった。

 心地よい安らぎがじわじわと黒く覆われていた闇の心をほぐしていく。

 ベアトリスは無我夢中で自分の心のままにイメージしたことを実行する。

 ヴィンセントの悲しみと闇に支配された心を、本来持っていた自分の力をもって取り除く。

 全てを吸収して自分に取り入れていた。

 その闇の力は幼いベアトリスには許容範囲を超えていたにも関わらず、ヴィンセントを救いたいがために、ありったけの力を出し切っていた。

 ベアトリスが抱きついていた手が緩んだとき、光が消え、ヴィンセントの目の色も元に戻っていた。

「ベアトリス…… 」

 ヴィンセントの心に不安がよぎると同時にベアトリスの手が離れ後ろへ倒れていった。

 大きいヴィンセントですら、自分の体験を再び見ることで圧倒されていた。

 ベアトリスが必死で助けてくれたことを再確認すると、ベアトリスの存在の大きさが胸いっぱいに広がる。

 彼女を想う気持ちが一層心に刻まれた。

 その時、記憶の闇が映し出していた映像がプッツリと消えてまた辺りは闇に包まれた。

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