ピュアダーク
 ヴィンセントは背広から携帯電話を取り出し、ディスプレイを確認する。

 アメリアの名前が目に入ると、ベアトリスのことも気になるために話をしようと何のためらいもなく電話に出た。

「ハロー」

 ヴィンセントが先に声を出した。

 一方、ベアトリスは、いきなりヴィンセントの声を耳にして驚き、一瞬固まってしまった。

「ハロー、あれ? 声が届かないのかな」

「ヴィンセントなの?」

 弱々しい声でベアトリスが話した。

「えっ、ベアトリスなのか」

 二人は電話を耳に当てたまま、時が止まったように動かない。

「ベアトリス」

「ヴィンセント」

 二人は同時にお互いの名前を呼び合う。

 そしてまた相手から話してもらおうと黙り込む。

 タイミングが合わずに、また同時に喋り、同じことをもう一度繰り返 した。

 どちらも緊張して上手く話せない。また沈黙が続いた。

「あっ、あの、ヴィンセント、なんかしゃべるの久しぶりで私、何から話していいのか、その」

 ベアトリスは焦って声が震えていた。

「おっ、俺、いやその僕も、まさか君からの電話だと思わなくて、その」

「ヴィンセント、私、あのね……」

 ベアトリスが話そうとするとまたヴィンセントが慌てて声を出す。

「あっ、事故に遭ったって聞いたけど、体の具合はどうなんだい。お見舞いにいけなくてごめん」

「体はもう大丈夫。だけど私が意識不明のときヴィンセントは本当は来てくれたんじゃないの。しかもずっと側にいてくれた。そんな気がしたんだけど」

「あっ、それは……」

 ヴィンセントは答えに詰まる。

 正直に言ってしまいたい、だが言えない。

 また沈黙になり二人の心は落ち着かなくなる。

< 243 / 405 >

この作品をシェア

pagetop