ピュアダーク
「ヴィンセント、聞きたいことがあるの。少しいい?」

 黒いスーツを来た男性がヴィンセントを庇うように前に立った。

「お嬢さん……初め……まして」

 どこか躊躇いながら挨拶をして、精一杯の笑顔を見せた。

 その紳士も、ベアトリスを前にすると、何かを感じて少し後ずさるように警戒していた。

「あの……」

 ベアトリスは言葉に詰まる。

「申し遅れました。私はリチャード・バトラー、ヴィンセントの父です。申し訳ないのですが、ヴィンセントの体の調子が優れなくて、迎えにきた次第です。私も仕事の合間を縫って来てるものですから、時間がないのでまた後日と言うことにして頂けませんか?」

 ふとヴィンセントに視線を向けると、本当に息苦しそうにしていた。

「それでは、失礼します」

 父親はこれ以上長居はできないと、ヴィンセントの肩に手を添えて二人はさっさと去っていった。

 ベアトリスは視界から消えるまでその親子の後姿をずっと眺めていた。

 その光景は一瞬忘れていた何かを思い出したような気にさせられた。

「あの親子……」

 そう思ったとき、お腹の虫が最上級に鳴り響いた。

 お腹を咄嗟に押さえ込む。

 空腹だったことを今さら思い出した。それと引き換えに、一瞬頭に浮かびそうになった過去の記憶は消されてしまった。

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