ピュアダーク
「ご、ごめんなさい。何がいいたかったか忘れちゃった」

「変な子ね」

 アメリアは笑ったので、ベアトリスもそれに合わせて必死に笑顔を見せようとするが、笑えば笑うほど、虚しさで心はとても悲しく冷えていった。

 アメリアの部屋を出ると、パトリックがバスルームからちょうど出てきてかち合った。

 白いバスローブを纏い、濡れた髪がしんなりと垂れ、お風呂上りのいつもと違う雰囲気でベアトリスを見つめていた。

 しかしベアトリスは、黙って部屋に入って要らぬものを見てしまったせいで、後ろめたさと怒りが同時に現れて、パトリックをどうしてもまともに見ることができなかった。

「どうした? なんかあったのか。あっ、もしかして風呂上りの僕の姿にちょっとぐっときたとか?」

 ベアトリスは元気なく首を横に振るだけだった。

「ほんとどうしたんだよ。いつもなら食いかかってくるのに、その反応はつまんないな」

「ほんとなんでもない。それじゃお休み」

 ベアトリスはパトリックとすれ違い、自分の部屋へ向かった。

 パトリックは声を掛けようと振り返るが、この時ばかりは、近寄られたくない冷気をベアトリスから感じ、気の利いた言葉が出てこずに黙りこんでいた。

 そうしてる間にベアトリスは自分の部屋に入って静かにドアを閉めた。

 ベアトリスは不信感を一気に募らせた。

 不思議なことが起こってもあやふやにされ、確かめる術もないままに、誤魔化されて意図的に何かを隠されている ──。

 アメリアの厳しい規則と過保護、パトリックのつきまとうような気遣いと親同士が決めた婚約、両親の不慮の事故と失った写真、ヴィンセントの正体と不可解な行動、突然現れた謎の男と壷から湧き出る不思議な水。

 それらは化学反応のように混ざり合い、ベアトリスの思考に変化をもたらした。

 ──私だけが知らない何かがあるとしたら、真実を私から遠ざけて何をしたいのだろう。

 ベアトリスは突然大きな穴に落ちたように、そこから抜け出せなくなった。

 そしてその穴の淵からみんなに見下ろされているように思うと突然怖くなり、ベッドの中に潜り込む。

 沢山の手が上から自分を押さえ込んでコントロールしてるように思えた。

 ──私は一体誰なの? どうして誰も何も教えてくれないの? 私が知らないことってなんなの?

 ベアトリスは隠された真実に脅かされていくようだった。

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