ピュアダーク
 楽しいはずのプロムのドレスアップだが、アメリアはただ必死でベアトリスを着飾っていた。

 ベアトリスはどこを見ているのかわからない焦点をぼかした瞳で黙って従っていた。

 そこにはワクワクするような気分など見当たらない。

 ベアトリスもアメリアも言葉を交わせず沈黙が暫く続いた。

 準備が整ったとき、アメリアはベアトリスをウォークインクローゼットの中の鏡の前に連れて行く。

「ほら、とてもきれいよ」

「ほんと、私じゃないみたい。ありがとう。アメリア」

 光沢のある薄っすらとした優しげなピンク色のドレス。

 肩は露出され、胸のふくらみが強調される。

 下は沢山のレイヤーがあるふわっとしたフレアタイプのドレス。

 アクセントに大きなリボンが左前についていた。

「ベアトリス、今日は思う存分楽しんでらっしゃい」

「うん。判ってる」

 ベアトリスは安心させようと一生懸命に笑おうとするが、それは却ってアメリアを苦しめた。

 我慢できずに、ベアトリスを強く抱きしめてしまった。

「アメリア、大丈夫だから。もう忘れよう。私がそれでいいって言ってるんだから、アメリアは何も気にすることはないんだって」

 ベアトリスはもう一度鏡の中の自分を見つめる。

 ドレスアップした姿は別人だった。

 虚ろな目でみる自分の姿は、表面はきれいに飾り立てても、中身は空っぽで空疎に見えた。

 しかし自分が選んだことに、もうとやかくいうこともなかった。

 全ては流されるままに、そして自分という自我を閉じ込めた。

 居間では黒のタキシードに着替えたパトリックがそわそわしながら待っていた。

 部屋のドアが開く音がすると、ぱっと目を大きく見開きその瞬間を楽しみにドキドキしだした。

 そして後ろを向いて大人しく立ち自分の襟元を正して、にやけていた。

「パトリック、お待たせ」

 ベアトリスが声を掛けると、ゆっくりとパトリックは振り返る。

 その瞬間、声を失い、ベアトリスに目が釘付けになり動かなくなった。

「パトリック? どうしたの? もしかして気に入らなかった?」

「違うよ。その反対。あまりにも美しいから、僕、その、心臓止まった気分」

「ありがとう。パトリックもとても素敵」

 パトリックはピンクのバラの花をあしらったコサージュをベアトリスの左腕に飾り付ける。ベアトリスも赤いバラのブートニアをパトリックの襟元につけた。

 アメリアが二人の姿を写真に収めていた。

「二人とも本当に素敵よ」

「それでは、責任を持ってベアトリスを今夜預からせて頂きます」

 パトリックは真面目な顔つきで、アメリアに訴える。最後まで紳士的でいると誓っているようだった。

 二人は車に乗り込み会場へと向かった。



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