ピュアダーク
 上昇中のエレベーターの中でヴィンセントはタキシードの襟元を正した。

 これからが勝負と、強張った表情でかなり緊張している。

 エレベーターが止まり、ドアが開く。

 それぞれのドアの部屋番号を確認しながら、サラから予め与えられたカードキーを持つ手に力が入った。

 そして頭に描いていた番号と一致するドアの前に立つ。

 一度大きく深呼吸をしてカードキーを挿入し、カチッとロックが解除された音と共に、ドアノブ附近に付いていたビーズほどの小さなランプが赤から緑へと変わった。

 息を飲んでドアをそっと開けた。

 心臓がドキドキと激しく高鳴り痛いほどだった。ベアトリスのシールドも働き体も締め付けられる。

 それをぐっと堪えて、部屋に進入──。

 ベアトリスが何も知らず眠らされてベッドに横たわっている姿が目に飛び込むと、罪悪感が突然襲い一度顔を背けてしまった。

 息苦しくなり、蝶ネクタイを外した。

 体をくの字にかがめながら、暫く顔を背けたままだったが、過去に二度ベアトリスに近づけても満足に何もできなかったと思うと、ヴィンセントは腹の底から力を込めて覚悟を決めた。

 ベアトリスと向かい合い、右手をあげて、指をパチンと鳴らすと、青白い炎がベアトリスに放たれた。

 あっという間に青白い炎はベアトリスを包み込み、体の中のライトソルーションを激しく燃やしていく。

 ごくりと唾を飲み込み、ヴィンセントは不安になりながら燃えるベアトリスを静かに見つめていた。

 ベアトリスは何も気がつかず、炎に覆われながらも安らいで寝ている。

 やがてその火は勢いをなくし、そしてすっと消えていった。

 ヴィンセントはゆっくりとベアトリスに近づき、苦しくないのを確認した。
 
 ベアトリスの頬に触れようと、手を伸ばす。その手は神聖なものに触れるかのように恐々と震えていた。

 温かく柔らかい頬に触れると、ほっとした笑みが自然とこぼれたが、次の瞬間突然表情が厳しくなった。

 それが何を意味しているか、ヴィンセントにはよくわかっていた。

 ベアトリスがもっとも危険な状態。

 もう後には引けない、そして失敗もできない。

 このチャンスを逃せば、ベアトリスはパトリックのものとなってしまう。

 相当な覚悟を持ち、ヴィンセントは暫くベアトリスの顔を眺めていた。

 ベアトリスが目覚めるその時を静かに待った。

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