ピュアダーク

53 愛しき人を胸に

 引きとめようとするアメリアを強く払いのけ、ブラムはヴィンセントにシャープな視線を突きつけてゆっくりと距離を縮めていく。

 静けさの中の張り詰めた空間。

 ブラムとヴィンセントの気持ちはぶつかり合い、押し込めるような重苦しさが二人にのしかかる。

 背筋が伸び、自信たっぷりに貫禄を見せ付けるブラムに対し、ヴィンセントは黒光りする肌のあちこちから皮膚が裂けた赤いラインが浮かび上がり、すでにボロボロの状態だった。

 だが負けられないと気迫だけは辺りを溶かしてしまうほどに熱く燃え滾る。

 二人は至近距離からにらみ合った。

 美しい姿のブラムと恐ろしい野獣の姿のヴィンセントは天使と悪魔の対決を連想させた。

「わかってると思うが、私を殺すにはお前は私のライフクリスタルを奪わなければならない。ここだ。ここから光を吸い取れば奪い取れる。それができない限り、どんなに私にダメージを与えたところで、私は自分で傷口を治せることを忘れるなよ」

 自分の胸を押さえブラムは余裕の笑みを見せ付け、ヴィンセントを見る目は冷たく見下していた。

「本気で殺せということか」

「そうだ。情けをかけると命取りになるということだ。私は愛するもののためなら手段を選ばない。それはお前も同じなはず。覚悟してかかれ」

「その通りだ。ベアトリスを守るためならどんなことだってやってやる」

 緊迫した空気が二人の間にピリピリと流れる。

 ブラムが片方の口角を上げてニヤリとしたとたん一瞬にして姿が消え、ヴィンセントの後ろに現れると手を構えてダメージを与える光を素早く向けた。

 ヴィンセントは予め読んでいたのか、上空にジャンプしてそれを避ける。

 そして真上から破壊の力を手のひらに溜め込み、青白い炎とともにブラムに放した。

 ブラムは余裕で笑みを浮かべて姿を消し、ヴィンセントの破壊の力はかすりもしなかった。

 ヴィンセントが地面に足をつけると、ブラムは同時に目の前に現れ、ヴィンセントの腹めがけて拳をお見舞いした。

「なかなかやるな。だがやはりお前には私は倒せない。力を使わなくとも素手でやっつけられそうだ」

 ヴィンセントは咳き込み、前屈みになりながら後ずさりした。

 コールとの戦いの傷とパトリックから受けた傷が酷く不利にさせた。

 腹部を殴られただけで体は悲鳴をあげてしまった。

「ダディ、もうやめて。こんな戦いフェアじゃない。ヴィンセントの体は限界にきている」

「言ったはずだ、これは真剣勝負。どちらかが死ななければこの問題は解決しない」

「ヴィンセント、逃げて! このままではあなたは殺されてしまう」

「嫌だ! 俺はベアトリスを守るんだ」

 アメリアが何を叫ぼうともう二人を止めることはできなかった。

 パトリックも無茶な戦いに我慢がならず、デバイスの剣を手にした。

 だがいつのまにかリチャードが側により、そっと剣を持つ手に触れた。

 言葉なく、ただ首を横に振っている。

「リチャード、自分の息子が殺されようとしてるんですよ。何もしないで見ているだけなんですか」

「これは男と男の真剣勝負。そこに第三者は入り込めない」

「そんな悠長なことを言ってどうするんですか」

「私も愛するものを失ったもの。どちらの気持ちも痛いほどわかるんだ。私がブラムならやっぱり同じ事をしていたと思う。愛するものを取り戻す方法があるのなら、誰しもそこから抜け出せずそれに執着してしまうことだろう」

 パトリックは黙り込んだ。

 リチャードの言う通りだった。

 だが自分は何もできないとがっくりと膝を落として地面を何度も叩いて嘆き出した。

 リチャードはパ トリックの肩に優しく手を置き、そう思うことも当たり前の行為だと肯定してやった。

 ヴィンセントが必死でブラムの動きについていこうとするが、常に瞬間移動をされ捕まえることも側に寄ることもできない。

 振り回されて余計な体力を使い消耗が激しくなる。

 動きが鈍った隙をつかれ、ブラムが四方八方から再び現れるときに攻撃を受け、さらなるダメージを受けていた。

 ヴィンセントはそれでも諦めず、鋼鉄の気力をもって挑んだ。捨て身の戦いだった。

< 385 / 405 >

この作品をシェア

pagetop