ピュアダーク
 それからだった。休み時間になる度にヴィンセントはベアトリスの側に行く。

 ジェニファーよりも早く駆けつけるので、ジェニファーは首をかしげると同時に、誰にでも振りまいていたキラキラの笑顔が消えていった。

 この間までは、少なくとも風邪で休む前日まではこんなことは起こらなかったと、もう笑えない状況だった。

 いつもなら、ジェニファーがベアトリスの側についてからヴィンセントが後から加わるのが通常の習慣で、ヴィンセントが直接、自分を抜きにしてベアトリスに接触することなどありえないとジェニファーは思い込んでいた。

 ジェニファーの心はかき乱される。冷静さを保とうと必死になればなるほど、焦りで苛立ってくる。

 ヴィンセントとの距離が縮まったベアトリスはそれに困惑していく。

 ヴィンセントに笑顔を向けられる度に、気分を害したジェニファーの気持ちが同時に伝わり板ばさみになるからだった。

 ──ヴィンセント一体どうしちゃったの?

 哀れな子犬のような目でベアトリスはヴィンセントに訴える。

 ヴィンセントはくすっと笑ったかのように見えたが、急に心配そうな表情でジェニファーを振り返った。そして芝居がかった台詞を投げかけた。

「ジェニファー、顔色が悪いよ。まだ病み上がりなんだから無理しちゃだめだ。本当はまだ治ってないんじゃないのかい」

 ヴィンセントがジェニファーの肩に手を回し、自分に引き寄せた。

 子供のように頭を数回撫ぜては、いい子だとペットのような扱いをする。

 一瞬にして沸騰寸前だったジェニファーの気持ちが静まった。

「やだ、ヴィンセント! やめてよ、もう」

 困った顔をしつつも、ジェニファーはちらりとベアトリスの顔を見る。

 ベアトリスが目のやり場に困り一瞬目をそらした時、ジェニファーの口元は微笑していた。

「あら、こんなところで見せつけ? お二人さんいつも仲がいいわね」

 後ろからアンバーの冷やかしが始まった。

「やめてよ、アンバー。そんなんじゃないって。ヴィンセントはいつまでも私のこと子ども扱いしてからかってるのよ」

 ジェニファーの言葉と気持ちは全く違っていた。仲がよくて当たり前だといわんばかりだった。

 だがヴィンセントは違う。片一方の口角を持ち上げて気取って笑い、それで筋書き通りだと満足していた。

 そしてベアトリスに視線を投げかけウインクで合図する。

 『これでいいだろう』と言わんばかりに、 ジェニファーと仲良くすることは偽りだと強調するかのようだった。

 しかし、ベアトリスにはその意図がわからなかった。

 ベアトリスはただ戸惑っていた。

 二人と一緒に居ることが次第に苦しくなってしまった。

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