ピュアダーク
「ベアトリス姫」

 ベアトリスが振り返ると同時に、ヴィンセントの頭がシャキッと持ち上がりベアトリスを澄んだ瞳で見つめた。

 表情はキリリと真剣な面持ち、まるで騎士のように威厳が満ちている。

「私、ヴィンセント・バトラーはこの先ずっとベアトリス姫をお守りすることを誓います。あなたは闇に光を放ち、全てのものの心を満たし輝く天空の人。私は あなたの足元にも及ばない錆びれた黒騎士。しかし、あなたをお慕いする気持ちは私の姿に関係なく、強くこの魂に、刻まれています。あなたにこの魂を捧げ、あなたの仰せに従います。この先あなたの目にいくつもの真実が映ることでしょう。その時が来ても私の魂は今申し上げたとおり嘘偽りはございません。全てはあなたのために」

 ベアトリスは、ヴィンセントの大真面目な表情で話す台詞に、ごくりと唾を飲み込んだ。圧倒されるほどの熱意がジンジンと肌に伝わる。

 青白い陽炎がヴィンセントを覆っているように見えた。そこには本物の騎士が跪いていた。

 暫く沈黙が続く。

 それでもヴィンセントは微動だにせず、ただじっとベアトリスを見つめる。ベアトリスの言葉を待っていた。

 物置部屋の埃と荷物にまみれた空間は、騎士の存在で光り輝く石の宮殿の中へと変貌を遂げる。

 目の前に忠誠を誓う下部が自分の言葉を待ち望んでいる。

 身に纏う赤いドレスは数々の下部達の熱き血潮の象徴。それに身を包むベアトリスはもはやいつものベアトリスではなくなっていた。

 この雰囲気に飲まれ、解放された心がどうすべきなのか知っていた。

 誇り高き声でヴィンセントに命令する。

「それならば、私にその証をみせてみよ」

「はい、かしこまりました」

 足元に用意していた小道具の短剣を右手で掴み、ヴィンセントが立ち上がる。左の手のひらをスパッと切り、血がツーと手首に流れいった。

 赤い血を見たとたん、ベアトリスは正気に戻った。

「ヴィンセント、なんて事を」

「ははははは、大丈夫だよ。これも小道具だから。さっき見つけたんだ。血のり」

「もう、どこまでからかうのよ。だけど私どうしちゃったの。ヴィンセントが迫真の演技で迫るから私もつい調子に乗ってしまったじゃない。ほら早く手を洗ってきて。それから私、先に次の授業の教室に行ってるね。一緒にいたら、またなんか言われちゃうしジェニファーが怒っちゃう。ヴィンセントは昨日のことで私に負い目があって、何かと構いたくなるんでしょ。私なんとも思ってないから。だからもう気を遣わないで。ジェニファーのことだけを考えていて」

 ベアトリスは着ていたドレスを脱ぎながら、ブツブツとまくし立てていた。

 やり場のない気持がヴィンセントの体の中でくすぶり、震えるように立ちつくす。

 左手から血が床に滴り落ちている。

 それは心が流した涙のようでもあった。

 葛藤し続ける中、消化しきれない感情が言葉となって叫ばずにはいられなかった。

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