ピュアダーク
「どうすれば、分かって貰えるんだ。どうすれば、今の君に僕の真の気持ちが届くんだ! 僕はベアトリスが……」

 最後の言葉が言い出せない。吐き出せたらどんなに楽か。

 しかしヴィンセントにはこの先のことを考えるとまだ言えぬ言葉であった。

 押さえ込めば押さえ込むほど激しく震えが止まらない。

「ヴィンセント、どうしたの。また劇の続き?」

 その時、ヴィンセントの目が赤褐色に染まった。

 野生の狼のように獲物を捉える目でベアトリスを見つめ、ジリジリと距離をつめて行った。

 欲望をもったことで、突然人が変わってしまったヴィ ンセントの表情がベアトリスを怖がらせ、怯えて足に根が生えたように動けなくした。

 しかし考える。

 ベアトリスなりに一生懸命考えた。

 ──怖い? どうして? 目の前に居るのはヴィンセント。クールで楽しくてハンサムでいつも優しいヴィンセント。なぜ怖がる必要がある? 好きな人が目の前に居るだけじゃない。ヴィンセントはこんな人じゃない。これは私が怯えて偏見をもった目で見ただけのヴィンセント。

 ベアトリスはシャキッと背筋を伸ばし、ヴィンセントを優しく見つめ返す。

 本能が芽生えたように心の中から慈悲深き愛が湧き出てくる。

 全てを受け入れ、何があっても逃げないと自ら手を差し伸べた。

 ヴィンセントはその手を取り、自分に引き寄せる。

 ベアトリスはヴィンセントの胸の中にすっぽりとはまり込み、厚い胸板に頭を持たれかけ目を閉じて彼の鼓動に耳を澄ましていた。

 ベアトリスの信じきった気持ちは、やがてヴィンセントに伝播していく。

 それを感じ取るや、赤褐色に染まったヴィンセントの瞳の色が徐々に元に戻り、表情もほぐれていった。

 胸元が妙に温かいと気がついたとき、ベアトリスを抱いていることをそこで初めて知った。

 目が見開いて驚き、慌てて離れる。

 それとは対照的に、ベアトリスはいつにもなく落ち着いていた。

 するべきことをした自分の使命感。自分の心のパワーを感じていた。

 それは限りなく透明で力強く輝く光。

 ベアトリスの体からもイメージした通りの光が発されていた。

 ヴィンセントは目を細め眩しいとばかり顔に手を掲げた。

 やがて、その不思議な光は、ベアトリスが気づく暇もなく次第に消えて行く。

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