ピュアダーク
 そんな消極的な態度ではいつまでもボーイフレンドができない体質であるが、実はそれを飛び越えて、すでにベアトリスには婚約者がいるから驚いてしまう。

 それは誰にも言ってはないが、ベアトリス自身もその存在を認めてなかった。

 早い話が、冗談だとあっさり片付けられる程度の事。

 ただ漠然と『婚約者』という言葉だけが頭にインプットされていた。


 その婚約者と会ったのは10年も大昔のことだった。

 まだベアトリスの両親が生きていた頃、どこかも思い出せない、緑の溢れた田舎。

 近所に住んでいた幼馴染のパトリック・マコーミックがその婚約者と決められた。

 ベアトリスのことをいじめる悪ガキではあったが、ベアトリスの知らないところですでに結婚の約束が交わされていた。

 両親が事故で死んで親族が集まったとき、親同士が決めた婚約者だと正式に公に知らされた。

 ベアトリスにとって悲しみが、一瞬吹き飛ぶぐらいの、寝耳に水の出来事だった。

 婚約者と決められるには、お互いあまりも幼すぎたからだった。

 両親の葬式が終わった直後は、誰がベアトリスを引き取るかで大もめにもめ、お荷物に扱われるというより、誰もがベアトリスを引き取りたがった。

 ベアトリス自身、こんなにも親戚がいたのかと驚くほど見知らぬ人に取り囲まれていた。

 親同士が決めた婚約者の話が出たとき、相容れないと不平不満がぼそぼそと聞こえながらも、婚約者の家族のマコーミック家に逆らえず、皆強く言えないでいた。

 だが突然、ドアをぶち破るような勢いで部屋に入ってきた女性に、その話の主導権があっさりと奪われた。

 誰もが一瞬で口を閉ざす。

 あからさまな権力を見せられ、従わなければならない雰囲気が漂った。

 若い女性だが、その中では誰よりも力を持つ。

 アメリア・ウイルキンソン──そこでは知らない者はいなかった。

 眼鏡の位置を整えて、背筋をまっすぐにし、威圧するような視線を辺りに降り注ぐと、口答えはしませんと誰もが後ずさり畏怖してしまった。

 婚約者のパトリックだけが、「連れて行くな」と敢然とベアトリスの前に庇うように立ちはだかった。

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