ピュアダーク
 ヴィンセントはベアトリスを寂寥の目で見つめた。

 ──本当の正体?

 口に出して聞きなおしてもよかったのに、ベアトリスにはなぜかできなかった。

 どうしても、影に襲われたときに見た野獣が頭によぎり、それを重ねてしまっていた。

 そんなことありえないはずなのに、どこか疑う自分がいた。

 また車が動き出し、ヴィンセントが話し続ける。

「でも、君が側に居ると安らぐんだ。君はおおらかでこんな僕でも受け入れてくれる。とても救われてるんだ」

「ヴィンセントこそ私を過大評価しすぎ。私なんてグズでノロで皆をすぐにイライラさせる。それなのにヴィンセントやジェニファーは私を見捨てず側に居てく れる。私の方がどんなに救われてるかって思う。二人が居なかったら私なんて誰も相手にしてくれる人なんていなかった。ほんとにいい人たちだって思ってる」

 ベアトリスの本心だった。しかしヴィンセントは申し訳なさそうにしかめっ面をする。

「ベアトリス、これだけは言っておく。今僕はこうやって君の近くにいる。そして、今日は二人っきりになることも、君に触れることもできた。僕がそうしたいとずっと願ってきたことなんだ。それがなぜ今まで出来なかったかいつか考えて欲しいんだ。僕の言ってる意味が理解できたとき、ジェニファーがなぜ君の側に 居るかもわかるよ。もうすぐ、またいつもの君のイメージ通りの僕に戻ってしまう。口数の少ない僕にね。今日こうやって君と過ごせた午後は僕にはかけがえのないチャンスだったんだ」

 ベアトリスにはさっぱり意味がわからなかった。

 相槌も打てず、暫く沈黙が続く。

 ヴィンセントの思いが上手く伝わらない。

 真実を隠し、それ抜きで何も語れる訳がない、とヴィンセントはふと寂しく息をもらした。

「気にしないで、僕の独り言さ。さあ着いたよ」

 ベアトリスの家の前のストリートに車を停めた。

 何も言わずにここまでこれたことに、ベアトリスはこの時になって疑問を感じた。

「あれ? 私、ヴィンセントに自分の住んでる場所言ったことがあったっけ?」

「僕は君のことなら何でも知ってるよ。君に聞かなくてもね」

 ──ここには何度も来たよ、君に内緒で。

 ヴィンセントは切なく笑う。

 ベアトリスはシートベルトを外し、送ってくれたお礼を述べ、そして降りようとドアに手を掛けたときだった。

 ヴィンセントに腕を掴まれ引き寄せられた。

 「あっ」と声が洩れたとき、ベアトリスはヴィンセントに強く抱かれていた。

「ヴィンセント……」

「ごめん、ベアトリス。暫くこのままで」

 ヴィンセントに抱かれ、ベアトリスの両手はヴィンセントを抱き返そうか迷う。

 結局は行き場を失ったままヴィンセントが離れていった。

「ヴィンセント、あのね、私……」

 ベアトリスは決心した。

 思いを言葉にしよう。

 ジェニファーのことなど完全に頭から排除され、この瞬間に正直に言ってしまいたかった。

 ところがヴィンセントが言葉を遮る。

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