タイムマシーンにのりたい
「あっ!ママ!!」
繋いでいた私の手を離して、突然えみるが走り出す。
前方を注意深く見てみれば、息を切らしてこちらへと走ってくるのは、私の姉だった。
えみるは数百メートル先からでも自分の母親だと分かったらしい。
四歳とは思えない力強い走りで、前方のスーツの男性を追い抜いて、母親の胸へとダイブする。
姉はその衝撃に少しよろけながらも、しっかりと娘を抱きとめた。
「ママ、あのね。えみる、しのちゃんとおりこうさんにまってたよ」
「おまたせ、えみる。えらかったね~」
二人の感動の再会(と言っても離れていたのは3時間だけだけど)を見守りつつ私も駆け寄る。
「ちょっと、お姉ちゃん!遅れるなら連絡して」
「ごめん、ごめん。電話も気づかなくって」
姉は出産を機に在宅ワークへと切り替えたものの、打ち合わせなどで時折出社する必要があるようで、今日みたいに夕方以降になる場合には、えみるを預かって欲しいと頼まれる。
「しのちゃん、いつもありがとう!ホントに助かるわ~」
「いいけど。余裕を持ってスケジュールを組んでね。私にも予定というものがあって……」
「もしかして、デート?」
「そんなわけないでしょ、仕事よ、仕事」
五年前、恋人と別れるという決断をした私には、もう一つ人生の分かれ道が待っていた。
「まさか、婚活で結婚相手じゃなくて、転職先を見つけてくるとはね」
「大丈夫、結婚相手とは今から出会う予定だから」
「まあ、仕事もほどほどにね」
姉が苦笑するのも、よく分かる。
恋人と別れてから参加した婚活パーティーで、偶然出会った女社長と意気投合して、ヘッドハンティングされた。
迷いながらも、仕事より婚活を優先してもいいからと口説き落とされ、思い切って転職をしたのが、運の尽きだったのか。それとも、転職先での仕事が思いの外楽しかった所為なのか。
私は今、五年前に描いた未来とはかけ離れた場所にいる。
仕事は楽しい。
今の社長にも感謝している。
個人経営ならではの融通も利く、居心地の良い職場だ。
こうやって仕事を抜けて、可愛い姪っ子を預かることだって出来る。
それでも、だ。
「タイムマシーンにのりたい」
あの頃と同じ言葉が脳裏に浮かぶ。
そんな自分が可笑しくて、情けなくて、思わず天を仰いだ。
五年経っても、まだ彼より好きになれる人には会えない。
そのことをあの日の私に伝えたら、私はどんな選択をするのだろう。
【END】