コール・ミー!!!
手芸部のミーティングが終わって部活が解散になると、瑠衣は1人で電車を待ちながら、駅のプラットホームに立っていた。

トオヤは、家に帰ってしまったのだろうか。

…手芸部の見学、途中で飽きてしまったのかな?

色々考えながらボーッとしていたその時、後ろからある人物に声をかけられた。

「佐伯?」

振り向くと、
ホームの人混みの中、男が立っていた。



瑠衣がこの世で最も会いたく無かった人物。



阿賀野拓也。



「オマエ、どっち?…ルイ?…リイ?」



拓也は右の口角だけを上げてニヤッと、静かに見下す様に、独特の表情で笑った。



黒い瞳の奥に宿る、静かな狂気。





優しそうな微笑みの中、
隠された心の奥の、さらに奥深くには、
人の心から沢山の血を流させた、鋭利な刃物。






今なら、ハッキリと、わかるのに。
この、人の形をした、化け物の正体が。




「どっちだっていいか、別に」




ゴミを投げ捨てる様にこんな言葉を吐くと、
彼はホームの人混みの中、薄手の黒いコートにグレーのニット帽の姿で、瑠衣をじろじろと上から下まで眺め回した。




「すげえ綺麗になったな、オマエ」





拓也は、変装している。

テレビに出ている人間だという事が、誰にもバレない様に。
深い帽子の下から、微笑みを浮かべている。

身長190㎝。
体重65㎏。
好きなタイプの女性:優しくて思い遣りのある人

職業:俳優『2019年度・アクデミー賞新人賞・受賞』


と、本屋で見かけた芸能名鑑に、『注目度No. 1・若手イケメン俳優:阿賀野拓也』と大きく載っていた。
見るつもりは無かったのに、目に入ってしまったのだ。


「拓也…」



全身、鳥肌が立つ。
2度と、この男にだけは会いたく無かった。


「オマエ、その制服。四条南に通ってんの?アタマいいな。…ちょっと色気無い制服だけど」

「…」


この男に返したい言葉など、何も無い。


「双子の片割れ、元気?」


「…」


「返事くらいすれば」


「…」



阿賀野拓也は瑠衣の肩に、無理矢理手を伸ばそうとした。



瑠衣がビクッとして逃げようとした、その時。


「瑠衣!」



トオヤの声。


駆け寄ってきてくれた。





息を切らせながら瑠衣と拓也の間に立ったトオヤは、拓也を睨み、言葉を放った。



「瑠衣に何か用?」



「…」



拓也は返事をせずに、そのままホームから居なくなった。


瑠衣は急に安心して、体の力が抜けた。

まだ、小刻みに全身が震えている。

トオヤは、そっと瑠衣に声をかけた。

「瑠衣」

彼は、階段を指差してこう言った。

「ここを降りた所の店で、何か飲もう」

瑠衣は、一点を見つめた状態で、頷いた。


2人で小さなコーヒーショップに入り、注文したコーヒーを持って窓際のカウンターに、並んで座った。

まだ体が、小刻みに震えている。

窓に映る街の様子を眺めながら、両腕で自分の肩を抱き締める。

あれから何年も経ったというのに、未だに恐怖は抜けない。

「…大丈夫?」

トオヤは気遣う様に、瑠衣に声をかけた。

「…うん。ありがとうトオヤ、助かった。…もう、先に帰ったのかと思ってた」

トオヤは瑠衣から目を離さずに、返事をした。
「行きたい場所ができたから、少しそこに寄ってた」

トオヤは目を伏せた。

「でも」

彼は、申し訳無さそうな表情で、瑠衣に

「ごめん。一緒にいれば良かった」

と言った。


「ううん」


瑠衣は、首を横に振って、アイスコーヒーに口をつけた。

「ありがとう、助けてくれて」







「何か、あった?あの男と…」

トオヤは、躊躇いながら瑠衣に聞いてみる。

何度も彼は瑠衣の肩に触れようとしたが、本人に気付かれない様に、そっと静かにその手を下ろす。

今は、触れてはいけない。
そんな気がしたから。





瑠衣は、喉の奥に込み上げる大きな何かと、戦って、考えて、また戦って、考える。





「私と理衣の幼馴染だったの」





瑠衣は、ぎゅっと目を瞑った。
過去の残像が、生々しく、
フラッシュバック現象を起こす。





「2年間向かいの家に住んでいて、良く、一緒に遊んでた」








部屋の鍵をかける音。
両方から伸びてくる、手。
逃げられない、恐怖。







「小5の時、嫌な事があって、…会った途端、急に思い出しちゃった」







あの、残忍な眼差し。

……吐きそう。






「心配かけてごめんね、トオヤ。気にしないで」



瑠衣は、無理矢理笑顔を作った。







「もう、あの男はとっくに別な場所に引っ越していて、5年くらい会ってなかったから。今は平気」








恐怖に震えた、自分の魂。






「…過去の話」




「…」









トオヤは、瑠衣を家の前まで、送ってくれた。
「じゃ、また明日」

彼は、瑠衣に手を振った。

「うん。今日はありがとう」

瑠衣も、彼に手を振って笑った。





トオヤの姿が見えなくなると、
心の中でまた、拓也が自分をバカにした様に、笑う。





あれ以来自分は、





人を観察し続けている。





観察対象の正体が、




化け物なのか、ちゃんとした生き物なのかを
自分の目で見分けるために。
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