コール・ミー!!!
放課後。
瑠衣は、テニスコート横の金網越しに、1人で男子テニス部の練習をボーッと眺めていた。

滝君が、ダブルスの練習試合に出ている。


彼のファンクラブの女の子達十数名は、テニスコート内の一番端にタープテントを張り、マネージャーの真似事をしながらキャーキャー応援をしている。


瑠衣はフェンスの金網を両手できつく握りしめ、遠くから彼を見つめていた。

「……」

滝君は前衛で、戦っている。
4度ほど続いたラリーの後、
彼は、敵陣に鮮やかなスマッシュを打つ。


人の目を釘付けにする、華やかなプレイ。
光を全身に浴びながら、彼自身が、キラキラと輝きを放っている。


網膜に、彼の動きが残像として残る。

滝君には、太陽が本当に良く似合う。



『キャー!!!』



スマッシュが決まると、
黄色い歓声が、ワッと上がる。



嬉しそうな、彼の笑顔が眩しい。


彼は、素敵だ。


惹かれない女の子は、いないと思う。


爽やかで、イケメンで。
誰にでも優しくて、思い遣りがあって。
勉強も出来て、運動も出来る、完璧な滝君。


でも絶大な人気があるのはきっと、
本当に、彼がいい人だから。



何故、あんな夢に?





本物の彼を汚してしまった様な気がして、また申し訳なさと罪悪感で一杯になる。




実はずっと自分は、彼を
心の奥では異性として好きだった?




…わからない。





1度だって今まで、
彼の事をあんな風に考えた事、無かったのに!









去年の春、一緒にクラス委員をした事がきっかけになり、滝君とはすぐに仲良くなった。

高校に入りたての頃の、全員初顔合わせでの委員選抜。

立候補者も推薦もあがらなかった事にしびれを切らした担任の須藤先生が、いきなり滝君と瑠衣をクラス委員に指名したのだ。

それまでクラス委員をした事が一度も無く、本当は目立つ事が苦手な瑠衣は、後から先生に抗議しに行った。

『先生、どうしてクラス委員が私なんですか?他に、能力がある人はたくさんいるのに…』

勉強とか、運動とか、リーダーシップとか。


先生は、職員室の自分の席から顔を上げ、瑠衣を見上げた。


『人と人を結ぶ事が、出来そうだから。クラス委員に必要なのは、そういう能力よ』

先生はシニカルな笑みを浮かべて、こう言った。

『そういう子を見つけるのは、割と得意なの。よろしくね、佐伯さん』

こう言われ、やるしか無くなった。

委員長になった滝君はとても話しやすい人で、瑠衣とはすぐに仲良くなってくれた。彼と一緒にいると安心し、いつも自然体でいられる。


『俺たち、ちょっと似てない?』


半年前。
2人で教室に残ってクラス委員の仕事をしていた時、滝君にこう言われた事がある。


『そう?例えばどんな所?』



滝君はちょっと考えてから、


『人との、接し方』

と言った。


滝君は時計を見て、
『あ、ヤベ!』と言い、

急に、立ち上がった。
『もう部活行っていい?』

瑠衣は、頷いた。
『うん。もう仕事は終わったから、大丈夫。部活頑張ってね』

滝君は軽く手を上げて、教室を出て行った。

聞きたかった話の続きは、
それっきり聞けずじまいだった。





『俺たち、ちょっと似てない?』








私は一体、何なのだろう。

まるでサル山のサルを観察するみたいに、テニス部男子を見つめたりして。

自分の脳内だけで人を分析して、時間を使っては理解したつもりになって。

本当の恋心すら、まだ、わからないくせに。

いつも、自分に焦ってばかりで。






あんな目に遭ってもなお、
男の子に触れられたいと、
本当は、思っているから…?












汚らわしい。













「瑠衣」


テニスコートの金網の前で悶々としている瑠衣に、誰かが後ろから声をかけた。

振り向くと、トオヤがすぐ後ろに立って、こちらを見ていた。

「トオヤ」

授業が終わった直後にトオヤを探したが見当たらなかったので、先に帰ったのかと思っていた。

「まだ学校にいたんだね」

トオヤは頷いた。

「図書室に行ってた」

トオヤは、瑠衣の視線の先だった場所を見た。

「テニス部の観察?」


「…うん」





「…滝を見てたの?」

トオヤは直球で、瑠衣に問いかけた。
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