コール・ミー!!!
「…そうだったの」


瑠衣は、思い出して笑った。

そんな事も、あった。
色んな事があり過ぎて、
遠い過去みたいに思えてくる。


「でも、ごめん。あの後、班で気まずくなったんだろ?」



「どうして、そこまでわかるの?」


彼は、真面目な表情で

「見てたから。ずっと」

と言った。




全然、わからなかったよ。
こうして、聞かせてもらえるまで。



ありがとう、見ていてくれて。



瑠衣は、急に思い出した。
半年前に、彼に言われた言葉を。




「滝君と私、似てる?」



「え?」



「人との、接し方とか」


あの言葉の続きを、ずっと聞いてみたかった。


滝君は、ああ、と思い出してこう言った。

「当たらず、触らず。深堀りせず、サラッと。誰とでも、楽しく付き合う」


滝君は、持論を語り出す。


「俺はそうしてきた。そうしないと、上手くやっていけなかったから」

初めて見る。
彼の少しだけ陰った、はっきりとしない、曖昧な笑顔。

「…あの時は、佐伯もそうしている様に、見えたんだ」


滝君は瑠衣の目を、ちゃんと見つめ直し、






「でも、ちょっと違ってたかも」







考え込む様に、






「お前、俺より痛い目に遭いそう」






頬杖をついて瑠衣を指差し、意地悪そうな表情で笑った。







その笑顔を、瑠衣はじっと見つめてしまった。






テニスコートでの完璧な彼は決して見せてくれない、着崩したシャツみたいな笑顔。

1つだけ、首元のボタンが外れているみたい。

自分はきっと、誰も見た事の無い、彼のこの笑顔を見てみたかったのだ。




「…何?」





「ううん。……もう、とっくに私、何度も痛い目に遭ってるよ」


いつもこんな事ばかり、しているから。













テスト直前2日前なので、休み時間になると教科書を広げるクラスメイトが多い。

瑠衣も一応窓際の自分の席で、苦手な数学の教科書を開きながら問題を解いていた。

トオヤからもらった白猫のビジュークリップは、いつでも取り出せるようにスカートのポケットの中に入っている。

『これは、お守り。瑠衣を守る』

トオヤの顔を思い出しては、ポケットからそっと取り出して、窓の外から漏れる日の光に、もらったクリップを当ててみる。

キラキラ、キラキラ、瑠衣の手の中で、七色に光が反射している。

シルクに似た白猫は、にっこりと楽しそうに笑っている。

見るたびに胸がときめいて、
楽しい気分になっていく。



トオヤに会えない毎日。
ついこの間までは、それが当たり前だったのに。

今、トオヤはアメリカで何してるんだろう。

…考えてみたら、自分は彼の事を、何一つ知らない。

まだ会ってから、ひと月とちょっとしか経っていないのに、彼が瑠衣の心の中を占める割合は、どんどん大きくなっていく。

会えないのは、すごく寂しい。
早く、会いたいな。




「『ラ・ヴェロス』ですね」

「…!!?」

いきなり後ろから、漆戸さんに声をかけられた。

「…?な、何?その、『ラ・…なんとか』って」

漆戸さんは、自分の携帯電話を取り出して、何かの検索を始めた。

「『ラ・ヴェロス』は、最近有名になったブランド名です。アクセサリーが中心で…」

漆戸さんは携帯電話に映し出された画像を瑠衣に見せながら、瑠衣が持つビジュークリップの裏面を指差した。

「ほら、ここです」

彼女が指差した、クリップの裏面。
『弓』のマークがついていた。
ギリシャ神話に登場する神が持つ様な、綺麗なカーブを描く、弓。青色と紫色が交互に連なるビジューで描かれている。

「私、このブランドが好きで、よくこのページを見ているんです」

マークも素敵。

漆戸さんは再度、携帯画面を見せてくれた。

「たくさんあるでしょう。これ、全部『ラ・ヴェロス』の商品ですよ」

クリップだけではなく、ヘアピン、ネクタイピン、ブレスレット、ネックレスなど、沢山のアクセサリーが、画面の中で輝いている。



「綺麗だね…。こんなに素敵なブランドがあったなんて知らなかった」



「インターネットでしか買えないんですよ。いま、そういうお店が増えているみたいです」

トオヤは、この白猫クリップを、インターネットで買ってくれたのだろうか。


『これは、瑠衣だけのクリップだから』


あれは、どういう意味なのだろう。
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