コール・ミー!!!
トオヤと共に自分の部屋に戻ると、既に滝君がいた部屋に東條さんと漆戸さんが戌井君を呼んでいた。

先生が少々目を瞑っていてくれたおかげで、6人で遊んだトランプは、思いのほか盛り上がった。

「漆戸さん、知ってる?…戌井君って、鉄也ならぬ『鉄男』なのよ」

東條さんが2枚のカードを一気に捨てながらこう言いだすと、戌井君は、何を言われるのか気が気じゃ無い、といった表情を見せた。

「…『鉄男』って、電車好き、っていう意味ですよね?…そうなんですか?」

戌井君はダイヤの8を捨てて、頷いた。

「電車は、小さい頃から好きなんだ」

「そうそう、こいつさ、電車の時刻表を自分のパソコンのエクセルに打ち込んで、完璧にマイ時刻表と路線図作ってるんだ。土日になると乗りたい電車決めて、毎週乗ってるんだって」

滝君は笑いながらスペードのキングを捨て、漆戸さんに戌井君の秘密を暴露した。

トオヤは先程起こった出来事など、微塵も感じさせない見事なポーカーフェイスで、カードを見つめている。

「16時10分発、ね」

瑠衣はハートのエースを捨てながら、呟いた。

先程の出来事はあまりにも現実離れしていたので、逆に少々落ち着いてしまっていた。

「『雲間から覗く青空の様に見え隠れするあの人の微笑みは眩しすぎて、僕は逃げ出してしまいそう!』。っていうテレビアニメがあるの、知ってる?」

漆戸さんはタイトルの長さにあきれた様子を示し、首を横に振った。

「知りません。アニメは詳しくないんです」

「略して『クモニゲ』ね」

東條さんも、そのアニメを知っている様だ。

「そのアニメの第2シーズンの第4話だけに出てくる『ティアラ』ちゃんっていう女の子のこと戌井君、多分好きでしょう…?」


瑠衣がこう聞くと、


「あ〜〜!!何でそれを今言うんだよ!!しかも何故それを知ってるんだ!!」


いつも静かな戌井君が、珍しく取り乱して大声をあげた。


瑠衣は、悪戯っぽく笑った。


「だって戌井君が使ってるペンケース、今年の春の『クモニゲコレクション』イベントでしか売ってない、500人限定『ティアラ』ちゃんグッズじゃない」

戌井君は、驚いた。

「イベント知ってるの?」

「私も行ったもの。…そして前の方に並んでる戌井君を見かけました」


戌井君は、ちょっと親近感が増した様子ではあったが、瑠衣を恨めしそうに睨み、

「見てたんなら声かけてよ…」

と言った。

「声かけて、良かったの?」

戌井君は、赤くなりながら頷いた。



瑠衣は、楽しいことを思いついた。

「じゃ、次回からみんなで一緒に行こう!」




えー!
何でそうなるんだよ!
…。




という男子達を尻目に瑠衣は、漆戸さんに説明を始めた。

「『ティアラ』ちゃんが自分の殻を打ち破って、アニメの中で意を決して乗る電車が、16時10分発大神行きなの」


東條さんは、うんうん、と頷いた。

滝君は面倒臭そうに自分の後頭部をガシガシとかき回し、

「俺もそのアニメ全部観なきゃいけないの?」

と、左手に持った5枚のカードを睨みながら言った。

トオヤは、
「俺は別に、全部観ても構わない」


と言い出し、トオヤと滝君はしばらくお互い無表情で見つめ合った。



「…じゃ、俺も観るよ、面白いんだろ?…その、何だ、『クモニグ』か?」


トオヤに対抗するように、滝君が急にこう言い出した。

ちょっとだけ名前が違うけど、瑠衣はそこには触れず頷いた。

「うん、面白いから是非観て!」


瑠衣の説明は白熱した。

「ティアラちゃんが電車に乗る回は、神回なの。今ではもう、その時間に発車する電車には『ティアラ』ちゃんのペイントがされていて大人気なんだよ!なかなかファンでも乗る事が出来ないんだって」

漆戸さんは、素直に感心した。

「へえ〜〜、そうだったんですか。それはそうと佐伯さんはともかく、東條さんもアニメ詳しいんですね」

「私、声優志望だからね。アニメ鑑賞は勉強も兼ねてるの」

東條さんは、ふと思いついてこう言った。

「そういえばさ、『ティアラ』ちゃんって、漆戸さんに似てない?」

瑠衣も、同意した。

「そうそう!メガネかけてて小さくて、可愛いところ!そっくりだよね〜〜」


「……」

「……」


戌井君と漆戸さんは、真っ赤になっていた。

6人で過ごす楽しい夜は、こうしてあっという間に過ぎていった。







2日目、長崎にて。
班別行動で大浦天主堂を見て回った後、
グラバー園へと移動した。

旧グラバー住宅から長崎港を眺めていると、街中で、何かのドラマ撮影が行われていた。


そして瑠衣はまた、遭遇してしまった。


最も会いたくなかった男に。


東條さん、漆戸さんと3人だけで撮影現場を眺めていた瑠衣の背後から、いきなり男に声をかけられた。


目立たないグレーのジャケットを羽織り、サングラスをかけ、黒いニット帽を被った、芸能人。



阿賀野拓也。



「また会ったな」



後ろを振り向くと、すぐ間近にあの笑顔があった。

瑠衣は、驚いて青ざめた。

「まさか九州で会えるとは。…運命かな」


拓也はしばらく笑っていたが、だんだん顔を歪ませ、面白く無さそうに、


「挨拶くらいしろよ」


と言い、いきなり瑠衣の腕を強く掴んだ。


「離して!」


瑠衣は震えながら、叫んだ。



漆戸さんは大声を上げた。


「人を呼びますよ!嫌がってるじゃないですか」


東條さんは、叫んだ。


「先生!こっちに来て下さい!」


拓也はこちらを睨みつけ、来た方向へと走り去った。






また、あの悪夢の様な気分。

本当に、いい加減にして欲しい。





瑠衣は、2人にお礼を言った。


「ありがとう、助かったよ」


漆戸さんは心配そうに、瑠衣に聞いた。


「佐伯さん、大丈夫ですか?」


「うん、平気」



東條さんは怒った。


「聞いていた通りの、最低な男の様ね」


男子が近くにいなくて、本当に良かった。


もし、この状況を滝君に見られていたら、色々説明せざるを得ないだろう。


過去に瑠衣が遭った出来事を彼が知れば、昨日の夜の事を後悔してしまうかも知れない。

そういう気遣いはさせたくない、と瑠衣は思った。

だから、
トオヤにもあの事は、知られたくない。
永遠に、秘密にしておきたい。

「男子と合流しましょう」



それ以降は何事も無く、楽しかった修学旅行は、終了した。
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