コール・ミー!!!
いきなり、瑠衣は目が覚めた。











ここが、現実。



















見覚えのない、広い部屋。
薄暗く、少し冷えている。






目の前に、狂気が潜む笑顔を静かにたたえる男。

黒い椅子の背もたれに腕を載せて、瑠衣を見つめながら座っている。




















「やっと起きた」



















男は、笑う。

自然な笑顔で。


















白いリネンシャツに、黒い革紐のネックレス。
グレーのジーンズを履いた長い脚が、後ろ向きの椅子からはみ出している。












その魅力あふれる姿は、映画に出てくる主人公の相手役にも見えてくる。



















瑠衣は動こうとしたが、体が何か固いものにガムテープで巻かれており、
全く身動きが取れない。




どうやら、この部屋のベッドのパイプ部分のようだ。















「拓也」




















目の前の男は、自分が座っている椅子ごと瑠衣の方へ、
さらに近づいた。














「やっと、喋ったな、オマエ」

















拓也は瑠衣に顔を近づけ、優しそうな雰囲気すら漂わせ、


「オマエと話したくなったんだ」


と言った。






















本当は、こんな男と決して話などしたくない。


「多忙な芸能人が、一般の女を拉致する暇なんてあるの」
















話をしたところで、得るものが何も、無いからだ。


「この間、九州で会った時ドラマ撮ってたろ。あの仕事はあれで出番終わりだから、しばらくオフ」














ただ、トオヤと理衣が助けに来てくれるまでは、たくさんの時間がかかるかも知れない。




「だから、オマエの相手してやる時間は今たくさん、あるわけよ」














助けに来てくれるまで、
何としても時間を稼がなくてはならない。



「…」















どうすればいい。




「怖いだろ、俺が」
















この男は、人が怯える表情が大好きだ。



恐怖や苦痛に歪む表情。








悲しみのあまり、心が壊されそうになる、本物の表情。













瑠衣は頷いた。

「怖いよ、これ、ほどいてよ…」



















普通の人間が狂気に侵されるその瞬間を、この男は見たいのだ。





「嫌だ」














だけど、自分にはそれほどの演技力は無い。















表情では怖がりつつ、
徹底的に話を引き延ばすしかない。














「オマエさ、小さい頃俺の事、好きだったろ」






瑠衣は、頷いた。


それは嘘ではない。











もし。








あの住所が、ここじゃ無かったら。


























「いっつも俺と一緒にいたよな。俺の仕事にも興味持ってさ」






















「うん。拓也の仕事の話を聞くのは、楽しかった」

それも、本当だった。
普通の話をしている時の拓也は、子供とはいえ本当に、魅力的だったのだ。














「もっと色々な事を教えてやろうとしたのに、オマエ逃げやがった」



あの時の事を、言っているのだろうか。







「怖かったから」




恐怖しかない。











「怖くないよ、気持ちいいことをやってやろうとしただけじゃん」











瑠衣は徐々に、この状況が心底気持ち悪くなってきた。




「兄と、兄の友達に無理やり体を押さえつけさせて?」










拓也は、可笑しそうに笑った。




「その方がスリルあって楽しいだろ?」












…バカもここまで来ると、吐き気しかしない。





















拓也の顔がすぐ近くにある。

息がかかりそうな距離。














この状況を、
決してまともに受け止めてはいけない。














ゲームだとでも、思うしかない。



















生きるか、死ぬか。



































トオヤとぬいぐるみ姿の自分が話したあの出来事が、もし、ただの夢だったとして、















「私が何より悲しかったのは、あの日」













自分がもう、
助からないのだとしても。















この男に対する自分の気持ちと、正面から向き合う時だと、覚悟しなければ。











「友達だと思って、あなたを信じて遊びに行った。それなのに、こちらの気持ちなど考えもせず、兄たちと一緒にあなたは、私と、私の妹を、簡単に傷つけようとした」













拓也はそのまま、黙って話を聞いている。












「あなたを見る目が無かった自分が、本当に悲しかった。…優しそうなあなたの演技に騙された事が、本当に悔しかった」



















「…ふうん」















拓也は笑った。


「面白い事言うね、瑠衣」














拓也は、瑠衣の頬を、ゆっくりと舐めた。


「やっぱり俺、オマエ好きだよ」
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