コール・ミー!!!
水族館の館内カフェの窓際、広い席に向かい合わせで座り、瑠衣はコーヒーだけ注文しようとしたが、久世君はナポリタンを食べると言い出した。

「夕飯、家で食べないの?」

「家に、誰もいないから。ここで食べて帰った方が楽」

「一人暮らしなの?久世君」

窓の外は見学コースの一部となっており、ヨチヨチ歩いているペンギン達を見つめながら、彼は頷いた。

「今は。親は、仕事で1年の半分くらいは海外にいる」

そうだったんだ。
一人暮らししてるんだ、大変だろうな。

「…じゃ、私も食べようかな。少しお腹空いたし」

ウエイターを呼び、久世君のナポリタンと、自分のミートソーススパゲティ、お互いに食後のコーヒーを注文した。


「大丈夫?ここで夕飯食べて」


「うん。母は看護師で今日は夜勤だし、父は遅くまで帰って来ないし。昨日作ったカレーがあるから、妹にはそれを食べるように連絡すれば平気」


彼は、瑠衣に聞いた。


「妹さんがいるんだ」


瑠衣は頷いて、手を拭いてから水を飲んだ。


「久世君は?兄弟いる?」


「ひとりっ子」


そうなんだ。
久世君、どんな風に育ったのかな。
今度聞いてみたい。


瑠衣は、妹を思い出した。

「理衣っていう双子の妹なの。私と性格は真逆だけど、顔はそっくり。親以外の人は、どっちがどっちだか見分けるの難しいんだよ」


瑠衣は少し、理衣の事を思い出してしまった。


「かなり、変わってる子なんだけどね…」

「そう」

妹の話はひとまず置いておいて。


「自己紹介の言葉とか私の名前、ちゃんと覚えててくれたんだね」


嬉しかった。


スパゲティが運ばれて来た時に、彼はスプーンとフォークを瑠衣に取ってくれた。

「ありがとう」

緊張して味があまりわからなかったけど、普通を装って無理矢理ミートソースを口にする。

「佐伯さんの自己紹介が1番良かった」

「本当?」

「ぬいぐるみ作るのが好きで、毎日楽しそう」

彼は続けた。

「他の人が話した内容は、あまり覚えてない」


瑠衣は、とても驚いた。
こんな風に感じてくれたんだ。
何だか恐縮してしまう。


「嬉しい」




「?何が」




久しぶりに、こんな人に出会った気がする。


「そう言ってくれて」


しかも、ちゃんと正面から言ってくれた。

心が、温かくなっていく。

「?うん」

彼はあまり自分から話さない人のようだ。
だけど会話が途切れても全然、気まずい雰囲気にはならない。


「久世君は勉強が趣味なんだよね?いつも学校の勉強をしているの?」

「違う」

久世君は、ナポリタンを食べ終わってから、返事をした。

「違うけど内緒」

そっか。

「言いたく無い事だってあるよね、ごめん」

無理矢理聞き出すつもりは無い。

「言いたく無い訳じゃ無い」

彼はコーヒーを口にしてから、瑠衣の目をじっと見つめた。

その美しい視線にいきなり射すくめられ、心臓が大きな音を立てる。

「まだ自分の中で、ちゃんとした形になって無いから」

!!!

瑠衣は、心臓がドキドキドキドキした。
顔が赤くなったらどうしようどうしよう。

もう、何考えてるの、一体。


彼の視線ヤバい、直視出来ない。


「いつか教えてもらえる日が、来るかな」


彼はコーヒーを見て考え込んだが、こう答えた。

「状況によっては」


もう一度彼は、瑠衣の瞳の奥を見つめた。

まるで、心の奥まで見透かされてしまうような、人では無い何かに、じっと観察されているような。

自分は決して彼に、嘘をつく事が出来ないような気がした。
永遠に。


こんな人に、初めて出会った。






食事が終わった後は、少しだけ館内の別の生き物を2人で見て回り、本日は解散となってしまった。

「じゃ、また明日学校で」

「うん。また明日ね!」

瑠衣は、彼とは反対方向の電車に乗って、家に帰った。
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