コール・ミー!!!
「連絡先、聞きたかった…」

家に帰ってドアを閉めるなり、瑠衣は悔しさを口に出してしまった。

「お姉にしては、珍しい」

バスルームから、ジャージ姿で濡れた髪を拭きながら、妹の理衣が顔を出した。

「聞いてたの?!」

独り言だったのに!

「うん。…珍しく後悔してる」

双子の妹である理衣は、冷蔵庫から牛乳のパックを取り出し、瑠衣とそっくりな顔をこちらに向けた。


瑠衣はため息をついて、簡単にこれまでの経緯を妹に説明した。


「そこまで一緒にいたのに?珍しい」

連絡先を聞く事が出来なかった、という事が。

「そう」

瑠衣はリビングのソファーに崩れ落ち、突っ伏して倒れた。


「本当は、友達になって欲しかったんだけど…。何だろ、この動悸のせいで、いつもの自分じゃ無くなった」


会ったその日に連絡先を聞こうとするのは、あまりにも意味深すぎるかな、…と急に思ってしまった。

いつもはそんな事気にせずに、誰にでもすぐに連絡先を聞いてしまうのに。


「もしかして、恋?」


理衣が聞くと、瑠衣は首を傾げた。


「わからない。でもまだ今日会ったばかりだから。正直…カッコ良さに惹かれただけだと思いたい」


まだ、友達にすら、なれていないのに。



これは、一目惚れに近い。



これまでに、いくつもこういう経験をした事があるから、自分で良くわかっている。


自分は、人の魅力に取り憑かれやすいのだということを。


だからしっかりと時間をかけて、これからは彼に対する自分の気持ちを、整理していかなければならない。


「美形すぎるんだよ、久世君…」


まるで、それが悪いかのように言ってしまった事を、心の中で慌てて反省する。

彼のせいじゃ無いのに。

思いがけず今日一日だけで、久世君に急接近し過ぎてしまったのだ。やはり、今日連絡先を聞かなかったのは、正解だったのかも知れない。


理衣は、ぐったりしている瑠衣を見ながら、コップに入った牛乳を手に、しみじみと言った。

「お姉は勇者」


瑠衣は、妹を睨んだ。


「何よ、いきなり」


理衣は椅子に腰掛けて、手にしていた牛乳を一口飲んでから、ちょっと真面目にこう言った。

「素直に、尊敬してる」






翌日の火曜日から、通常授業が始まった。

隣の席の久世君と会話をしたのは、彼が1時間目に教科書を誤って落とした時に、拾ってあげた時の一回だけ。

「ありがとう」

彼は無表情で、瑠衣にお礼を言った。

昨日の話は、誰にもしなかった。
多分、そうした方がいい。



休み時間になるといつも、久世君は1人で自分の本を読んでいる。
そして昼休みになると、いつの間にかどこかへ消えてしまう。

「ごめんね、佐伯さん。お昼一緒に食べたかったんだけど、時間無くなっちゃうかも知れないから先に食べてね〜」

「うん、行ってらっしゃい」

東條さんは、男子に呼び出されたからと言って、体育館裏の方へ行ってしまった。

また告白されるのだろうか。

戌井君と滝君は男子メンバーで食べる事になったみたいだ。

さて、どうしようか。


瑠衣は、前の席に座る女子を見つめた。
1人でお弁当を食べようとしている。


漆戸雅さん。新聞部の子だ。


メガネがよく似合う、小柄で小動物っぽい、ぬいぐるみを抱かせてみたくなる可愛い女子。

去年は隣のクラスだったが、家庭科で授業が一緒になって同じ班だった事もあり、彼女の事は去年からよく知っている。

手先がとても器用な子なのだ。

そのため瑠衣は何度も手芸部に彼女をスカウトしているのだが、新聞作成に忙しいらしく、いつも断られている。

瑠衣は彼女に声をかけた。

「漆戸さん、お弁当一緒に食べない?」

「いいけど、手芸部には入りませんよ」

漆戸さんはいきなりピシャリと言い放った。

けんもほろろである。
でも、悪い人じゃ無いのは、この1年間接してみて良くわかっていた。



2人で向かい合わせでお弁当を食べながら、彼女は急にこう言った。

「そういえば、昨日久世君と一緒にいたようですけど、2人は友達なんですか?」

瑠衣は、飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。

見られてたの?!!

「いつ?」

「18時頃です。水族館から2人で出てきた所を偶然見かけて。私、家があの近くなんですよ」

漆戸さんはニヤッと笑った。
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