甘くてやさしくて泣きたくなる~ちゃんと恋したい
「何もなかったんでしょうね、その男性とは。凛はまだ結婚前の娘なのよ。そんな女性を安易に自分と一緒に住まわせるなんて、なんて非常識な男なのかしら」

「全くだ。恋人でもなんでもないんだろう?このまま住み続けたら間違いを犯すところだったぞ。これにはお父さんもお母さんと同じ考えだ」

私はうつむいたまま、下唇を噛んだ。

恋人でもなんでもない?

思いを確かめ合ったのは数時間前。恋人とはいえない時間を二人で過ごしたのは確かだけど、何もなかった。
彼はそんな軽薄な人じゃないのに。

それを伝えられない自分がくやしくて、ぐっと握りしめた手に爪が食い込んでいく。

「そろそろ凛も年頃だ。変な虫がつかないようにお見合い話でも進めた方がよさそうだな」

「それもそうね。お母さんの知り合いで安心できる男性を紹介してくれる人がいるの。ちょっと聞いてみるわ」

嫌だ。

そんなの、絶対嫌。

ようやく私を理解して好きだって言ってくれる樹さんに出会った。

初めて私が心から好きだと思える人に出会ったのに。

「私、なりたい職業が見つかったの。勉強も忙しいし、当分結婚は考えてません」

顔を上げてしっかり母の顔を見つめた。

「何?いきなり?」

「お前がなりたい仕事なんて見つけられるのか?今の仕事じゃ不満か?」

急にそんなことを言い出した私に、両親は顔を見合わせて明らかに動揺している。

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