甘くてやさしくて泣きたくなる~ちゃんと恋したい
母はこのいつもにはない緊張した空気をやわらげたかったからか、椅子から立ち上がり「お風呂沸いてるわよ」と私に言った。

私もほぼ同時に立ち上がる。

「これから彼の家に荷物を取りに戻ります。今夜すぐに家に帰るわ。そう約束したでしょう?」

「あ、ら、そう?明日は日曜だし明日でも?」

「トリマーの勉強もしなくちゃならないし、荷物もたくさんあるから早くまとめないと」

私はそう言って、持ってきたバッグを肩にかけると両親に頭を下げ玄関を出た。

父も母もきっと面食らっているだろう。

こんな私、見せたことなかったから。

まだ完全にその殻は破れなかったけれど、ヒビくらいは作れたかしら。

駅に向かって颯爽と歩く。なんだか体が軽い。

今から、私は一つの決意をして彼の元に戻ろうとしていた。

しばらく会えなくなる樹さんに、自分の意思でこの気持ちを伝えたい。

駅のホームで樹さんに電話をかけた。

「これから戻ります」

『わかった。駅まで迎えに行くよ』

これから言おうとしてること、彼は聞いたらどう思うだろう。

軽蔑するかな。

それとも、私の強い思いをいつもみたいに優しく微笑んで受け入れてくれるだろうか。
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