甘くてやさしくて泣きたくなる~ちゃんと恋したい
「もともと私は美容師だったの。あなたと一緒で犬好きが高じて、日本でも少しずつ増え始めたトリマーになったのは30歳になる手前だったかしらね」
「安友さんがトリマーになられたのは私くらいの時だったんですね。意外です」
「そうなのよ。私も若い頃はいつも迷って悩んでなかなか前に踏み出せない人間だったわ。三十を目前にして人生初めての思いきった決断だったかもね」
彼女は朗らかに笑うと、目を細めてチェストの上に飾られた写真縦に目を向ける。
「まだトリマーになって間もない頃、小さなマルチーズを連れてきたのがうちの旦那との出会い。なんとも聞き分けの悪い犬でねぇ。どのトリマーも手を焼いていたらしくて最後の砦と言わんばかりにうちに飛び込んできたの。でもその犬がなぜだか私の言うことはよく聞いてくれて、旦那も驚いてたわ。そんなやっかいなマルチーズを通して次第に彼と親しくなっていった」
安友さんは懐かしそうな目をして、車いすの背にもたれた。
その話を聞きながら、私とぷーすけが初めて出会った日のことを思い出す。
「そんなある日、彼が私の腕を見込んでトリマーの教室を開いてはどうかって提案してきたの。もともと引っ込み思案な私はそんな教室で講師するなんてって無理だって断ってたんだけど、彼が『君みたいに才能のある人間がこれからを担うトリマーを育成しなくてどうするんだ。僕が全額出資する!』なんて言い出して。その時初めて分かったのよ、彼が大手商社の御曹司だったってこと」
「まるで映画みたいな話……」
ドキドキしながら安友さんの車いすの横に私も椅子を引いてきて座る。
「彼に支えられて、最初は小さな場所から始めた教室が今みたいな大きな専門学校にまでなった。まさか私が経営者になるなんて、その時は思いもしなかったわ」
「そうだったんですね。安友さんはやっぱりすごい方です」
「でも、凛ちゃんは私の昔にとても似ているからひょっとしたら将来経営者になるかもしれないわよ」
「そんなことあり得ないですよ。私、安友さんのような才能も実力もないし」
安友さんは私の肩にそっと手を置いた。
「一人じゃできなくても、誰かの支えがあれば可能になることなんていくらだってある。もっと自信持って大丈夫。あなたには十分その力があるわ」
「はい」
樹さんのことを思いながら頷いた。
「私が彼のために何かしたいと思った時には、彼は天国に逝っちゃってできなかったのよね。凛ちゃんにもし、自分を支えてくれる誰かがいたら、その人のためにできることはすぐにしてあげて。迷ってちゃだめ」
そして、急に安友さんがくるっと目を見開き私を見上げる。
「そうそう、本当に凛ちゃんよくがんばったわね。かなりハードなスケジュールだったけど、来月からは普通に学校で講義を受けれるレベルに達してるわ」
「え?いいんですか?」
「ええ、もう出遅れた分は十分取り返してる。来月からは皆とがんばって!」
「はい!」
時にはきつくて、投げ出したくなるような二か月だったけれど、なんとか乗り切れた。
来月からは専門学校で普通に講義を受けることができるんだ。
大きく深呼吸をして、今までこわばっていた肩の力が抜けていくのを感じていた。
「安友さんがトリマーになられたのは私くらいの時だったんですね。意外です」
「そうなのよ。私も若い頃はいつも迷って悩んでなかなか前に踏み出せない人間だったわ。三十を目前にして人生初めての思いきった決断だったかもね」
彼女は朗らかに笑うと、目を細めてチェストの上に飾られた写真縦に目を向ける。
「まだトリマーになって間もない頃、小さなマルチーズを連れてきたのがうちの旦那との出会い。なんとも聞き分けの悪い犬でねぇ。どのトリマーも手を焼いていたらしくて最後の砦と言わんばかりにうちに飛び込んできたの。でもその犬がなぜだか私の言うことはよく聞いてくれて、旦那も驚いてたわ。そんなやっかいなマルチーズを通して次第に彼と親しくなっていった」
安友さんは懐かしそうな目をして、車いすの背にもたれた。
その話を聞きながら、私とぷーすけが初めて出会った日のことを思い出す。
「そんなある日、彼が私の腕を見込んでトリマーの教室を開いてはどうかって提案してきたの。もともと引っ込み思案な私はそんな教室で講師するなんてって無理だって断ってたんだけど、彼が『君みたいに才能のある人間がこれからを担うトリマーを育成しなくてどうするんだ。僕が全額出資する!』なんて言い出して。その時初めて分かったのよ、彼が大手商社の御曹司だったってこと」
「まるで映画みたいな話……」
ドキドキしながら安友さんの車いすの横に私も椅子を引いてきて座る。
「彼に支えられて、最初は小さな場所から始めた教室が今みたいな大きな専門学校にまでなった。まさか私が経営者になるなんて、その時は思いもしなかったわ」
「そうだったんですね。安友さんはやっぱりすごい方です」
「でも、凛ちゃんは私の昔にとても似ているからひょっとしたら将来経営者になるかもしれないわよ」
「そんなことあり得ないですよ。私、安友さんのような才能も実力もないし」
安友さんは私の肩にそっと手を置いた。
「一人じゃできなくても、誰かの支えがあれば可能になることなんていくらだってある。もっと自信持って大丈夫。あなたには十分その力があるわ」
「はい」
樹さんのことを思いながら頷いた。
「私が彼のために何かしたいと思った時には、彼は天国に逝っちゃってできなかったのよね。凛ちゃんにもし、自分を支えてくれる誰かがいたら、その人のためにできることはすぐにしてあげて。迷ってちゃだめ」
そして、急に安友さんがくるっと目を見開き私を見上げる。
「そうそう、本当に凛ちゃんよくがんばったわね。かなりハードなスケジュールだったけど、来月からは普通に学校で講義を受けれるレベルに達してるわ」
「え?いいんですか?」
「ええ、もう出遅れた分は十分取り返してる。来月からは皆とがんばって!」
「はい!」
時にはきつくて、投げ出したくなるような二か月だったけれど、なんとか乗り切れた。
来月からは専門学校で普通に講義を受けることができるんだ。
大きく深呼吸をして、今までこわばっていた肩の力が抜けていくのを感じていた。