甘くてやさしくて泣きたくなる~ちゃんと恋したい
「間宮さん、短い間でしたけれどお世話になりました」

田村さんは深々と樹さんに頭を下げる。
そして顔を上げ私にちらっと視線を向けると言った。

「お幸せに」

彼の前髪の奥に見えた細い目はどことなく寂しそうに見えた。

どうして田村さんはこんなことをしてしまったんだろう。

玄関の扉が閉まる音が部屋に響く。

「今日はなんとなく胸騒ぎがして早めに帰ったんだけど、まさかこんな状況になっているなんて」

樹さんの長くて深いため息が聞こえた。

「田村もこのまま修行を積んでいけばいいデザイナーになったのにどうしてあんなこと……」

「誰にもわからない闇をきっと抱えていたのかもしれません」

「凛……」

彼が私を優しく抱き寄せる。

「怖い思いをさせて悪かった。もうこんな目に合わせない」

「はい」

そっと樹さんの背中に手をまわした。

私ももう彼のあんな悲しみに満ちた目を見たくない。

いくら守りたくたって、無茶はいけないこと。

「怖かった……」

彼に聞こえないように小さくつぶやく。

樹さんの腕の中でそのぬくもりを感じながら、今何事もなく抱きしめられている事実に胸の奥が熱くなった。

「ワン!」

足元で嬉しそうに鳴いたぷーすけに目を向ける。

「ぷーすけ、ありがとう。あなたほど勇敢な犬はいないわ」

「いや、凛ほど勇敢な女性もいないよ」

そう言うと、彼はそっと私の唇を甘く噛んだ。

その途端、私のお腹がぐーっと色気もない音で鳴る。

唇を離した樹さんが一瞬目を丸くしてそして噴き出した。

「お腹空いたな。今日は凛が夕飯を作ってくれるって言ってたけど、あんなことがあったから外に食べにでも行こうか?」

「いえ、私はもう大丈夫です。これからでもまだ十分時間あるから作ります!」

「そう?まだ十分時間があるか……じゃ、もう一度仕切り直しってことで」

そう言うと、彼は再び私を抱き寄せ柔らかく私の唇を塞いだ。

もう何回目のキスなんだろう。

未だにドキドキして泣きたくなるような切ない気持ちになっていた。





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