甘くてやさしくて泣きたくなる~ちゃんと恋したい
「そういえば、パーソナル・サポートはあれからどうなってるんですか?田丸さんもいなくなったし」

「今でも時間があるときは夜中に入ることもあるけど、田丸の後任に手を挙げてくれた優秀な後輩がいてね。少しずつ後輩に任せて僕は身を引こうと思ってる」

「その後輩さんは、本当に信頼できる方なんですか?」

「ああ、大丈夫だよ」

心配そうに見上げる私の頭を笑いながらポンポンとした。

あれから田丸さんはすぐに退職し、今はここから遠く離れた場所にある小さなデザイン事務所で真面目に働いていると風の噂で聞いた。

最後にあの前髪の奥に見た寂しそうな目が今も私の胸に突き刺さる。

今でも田丸さんとは二度と会いたくない。

だけど、心の奥底で彼もいつかなりたい自分になれますようにと祈っている。

そういう気持ちになれるのは、きっと今私が、樹さんのそばで幸せを感じられているから。

「トリマーの試験は3月だった?」

「はい。いよいよです」

「そうか、いよいよだね」

「今の仕事はどうするの?」

「とりあえず合格してから決めようかなと思っています。トリマーの仕事がすぐに見つかるかどうかもわからないので」

「そうだね」

そう言って頷くと、彼は手にもっていたとうもろこしを横からかぶり付いた。

普段の柔和な樹さんの雰囲気と、時に野生的な彼の姿を見てしまうとわけもなくドキドキする。

秘密めいた、まだ知らない彼の部分を垣間見たような気がして。



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