甘くてやさしくて泣きたくなる~ちゃんと恋したい
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「広瀬さーん!ちょっと来て頂戴!」

シーズーのハナちゃんの口腔ケアをしていた私は手を止めて声をする方に顔を向ける。

今日トリミングする予定になっていた大型プードルの担当の浅野さんが隣の部屋から叫んでいるようだった。

私はハナちゃんに「ちょっとごめんね。ここで待ってて」と言い聞かせるように頭を撫でると隣の部屋に急いで向かう。

案の定、初めてのトリミングに興奮気味のプードルが「ウー」と険しい顔で浅野さんと対面してうなっていた。

「広瀬さん、ちょっとごめん、この子大分興奮していて。私、ハナちゃんの続きやってるから後はお願いね!」

浅野さんは私の姿を確認すると、安堵したような表情で逃げるようにハナちゃんの部屋へ入ってしまった。

やれやれ。

浅野さんの方がずっとキャリアあるのに、どうも大型犬と相性が悪いらしい。

何度となくこんな風に頼まれては交代していた。

私と目が合ったプードルは一瞬うなるのを止めたけれど、再び気を取り直したように無表情のまま静かにうなる。

険しい表情が治まるまではこちらも何もできない。

「あなたの名前は、えーっと」

カルテを見ると、『タマオ/オス・一歳』となっていた。

「タマオくんっていうんだ。一歳だけど随分大きいのね」

私はしゃがんだまま、タマオに話かける。

「はじめまして、だよね」

話しかけながらカルテに目を通していく。

やっぱり。

かなり気性が荒くて、なかなか気の合うトリマーには出会ったことがないらしく、店を転々としていると書かれてあった。

どうりでグレーの毛並みが絡まり明らかに傷んでいる。
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