甘くてやさしくて泣きたくなる~ちゃんと恋したい
庭に入る了承を得るためにもう一度駐車場に引き返す。

「え?!あの垣根を越えていくの?」

安友さんは甲高い声を出して尋ねた。

「はい、庭に何か長い棒状のものがあればバッグを引っ張ってこれるかなと思って」

「物干し竿があるからそれを使えばいいかもしれないわね。だけど、たとえあなたが垣根を乗り越えられたとしても、もう一つ問題があるわ」

「問題?」

「うちには私以外懐かない番犬を飼ってるの。ドーベルマンって知ってるかしら?大きくて耳のピンと立った気性の荒い犬なんだけど」

ドーベルマンなら知っていた。俊敏で警察犬にも使われる頭のいい大型犬だ。

「知ってますけど、今はそんなこと言ってられませんし」

「わかったわ。くれぐれもあなたもケガのないようにして頂戴。庭からは門扉のカギが開くから出るときはそこを使って」

私は頷くと垣根の方に急いだ。

今日はパンツスタイルにしておいてよかった。サテン系だから破れちゃうかもしれないけれどそんなこと気にしてたらこの垣根は乗り越えられない。

私は石垣に手をかけ、でっぱりを探しながら足を石の上に置いての繰り返しで少しずつ上っていく。

冷たい石の固さが手のひらに伝わる感触。少し湿気た石と緑の匂い。それはとても懐かしい感覚だった。

幼い頃、こんな風に石垣を上ったことがあったような。

その先に何が待ってるのか、見えない石垣の向こうにワクワクした気持ちで上っていた記憶が微かに蘇る。

『凛!危ないから降りてきなさい!怪我でもしたらどうするの?』

母の叫ぶ声が下から聞こえたような気がした。

『ごめんなさい』

私はワクワクする気持ちに蓋をして、上っていく友達を見送りながら一人下に降りて行ったっけ。

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