甘くてやさしくて泣きたくなる~ちゃんと恋したい
今は、だれも止めない。

止められたってやめない。

安友さんが困ってるんだもの。

石垣の次は葉が生い茂った垣根だ。木を掴むと石よりも鋭い痛みが手のひらを突き刺す。

でもしっかり握らないと落ちちゃう。

私は痛みをこらえて、庭に少しでも入りやすい箇所を探した。

他よりも葉が少なくなっている場所を選んでその垣根をまたぐ。

ビリッ。

やっちゃった。

暗くてよく見えないけれど、パンツの裾を枝にひっかけたようだった。

でも、なんとか垣根を挟んで庭側に体が全部入ったことにまずは安堵する。

あとは庭に入るだけ。二メートルほどの高さがあるけれど、このままゆっくり庭に飛び降りようか。

その時だった。

「グルルルル……」

地響きみたいな低いうなり声が私のすぐ下に聞こえた。

必死に上ってきたからすっかり頭から飛んでいたけれど、番犬登場ね。

うなり声の方を見下ろすと暗闇に細くてしなやかな形がウロウロとこちらの様子を伺っているのが見えた。

時々犬の目が光に反射して鋭く光る。

うなり声は次第に大きくなっていく。

吠えないのはきっとよくしつけられた、賢い犬だからね。

以前、犬が好きで読んだ本に書いてあった。

大きく深呼吸する。

こちらが慌てたりおどおどするのが一番よくないことも知ってる。

賢い犬だから、きっと今飼い主が駐車場で倒れていることも感じているはず。

そして私が助けようとしていることも。

私は意を決して、ゆっくりと滑りながら庭に入っていった。くれぐれも彼を驚かさないように……。
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