甘くてやさしくて泣きたくなる~ちゃんと恋したい
地面に足が付き、両足でぐっと踏ん張って前を向いた。

正面にはドーベルマン。

思っていた以上に大きなその犬は私の顔を上目遣いで睨んでいる。

時折うなりながら。

きっと犬も私と同じくらい迷ってる。

私はできるだけ刺激を与えないように、静かに息を吐きじっと目を離さず見つめ返した。

心の中で何度も「大丈夫よ。あなたの大切な人を助けるためなの」とつぶやく。

そんな心の声が聞こえるはずはないと思うけれど、犬の目つきが突然ふっと変わる。

そしてうなり声はいつの間にか鼻を鳴らす「くんくん」になっていた。

犬は私の前に腰をおろし、そのまま伏せるようにお腹を地面につけて動かない。

「入ってもいいの?」

そんなじっとしている犬にそっと話しかける。

犬は黙ったまま少しも動かなかった。

きっと許してくれたんだって感じた私はゆっくりと庭の奥を目指して歩き出した。

庭はとても手入れが行き届いた広い庭で、奥にどんと構えた邸宅の手前に物干し竿が渡してるのが見える。

あった。

私は急いでその場所まで行き、物干し竿を手に取った。

他には何か長いものないかしら?

辺りを見回すと、竹ぼうきが壁に立てかけてあるのを見つけた。

これもいいかもしれない。

私はその両方を体でぐっと抱えて門へ急ぐ。

早く行かなくちゃ。

もう転倒してから随分時間が経ってるから、安友さんの体調も気になる。

門扉は安友さんが言うように中から鍵を開けることができ、外にすんなりと出ることができた。

犬の方をちらっと見ると、さっきの場所にまだ伏せたまま動く気配はない。

「ちゃんと助けるからね」

小さくつぶやいて門を閉めた。
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