甘くてやさしくて泣きたくなる~ちゃんと恋したい
門を開け中に入ると、まだ犬は同じ場所に伏せていた。

私を見つけるなり、首を上げ耳をピンと立ててこちらに顔を向ける。

その体勢を崩さず、鼻だけピクピクさせていた。

でも、その表情はさっきよりも穏やかに見える。きっとちゃんとわかってるんだ。
賢い子。

私は走って玄関に向かい、その扉を開ける。

中はとても格式あるたたずまいで外観以上に広々としていた。

ひょっとして安友さんはここで一人で暮らしているのかな。

玄関から右に進んだ突き当りに、教えてもらった通りエレベーターが見えた。

エレベーターに乗りこみ、地下駐車場と書かれたボタンを押す。

地下に降りたエレベーターの扉が開くと、真っ暗なコンクリートで囲われた場所に出る。

ここが駐車場ね。

駐車場といっても随分広いけれど。

私はシャッターに足を挟まれている安友さんの方へ急ぐ。

隙間に足を挟まれて倒れている安友さんに駆け寄りあらためて「大丈夫ですか?」と声をかけた。

安友さんは顔を上げるとにっこり微笑む。

「大丈夫よ。ありがとう」

安友さんにリモコンを手渡し、すぐにシャッターを開けてもらった。

真っ暗だった駐車場に月明かりが徐々に広がり、車や奥に積み上げられた荷物が露わになっていく。

青白く照らされた安友さんは五十代半ばくらいの上品な奥様だった。倒れているすぐ横には車いすが置いてある。

「もう一つお願い。私を起こしてこの車いすに座らせて頂戴」

安友さんは二十年前交通事故に合い足が悪く、普段は車いすで過ごしているらしい。

私は安友さんを抱きかかえて車いすに乗せた。

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