ガラスの靴は、返品不可!? 【後編】
「いいかい。絶対走っちゃダメだよ。階段は使わないこと。エスカレーターは、必ず手すりを持って、歩かない。いいね?」
翌朝早く。
玄関先でくどいくらい繰り返すライアンに、苦笑しながらはいはいと頷いた。
妊娠判明後のフル出勤は、今日が初めてだとは言え。
本当に心配性だな。
「ほら、遅刻しちゃうわよ。遠方のクライアントなんでしょ?」
無理やりカバンを持たせて、追い立てる。
「ねえ、新条さんには僕から説明するからさ、これから毎日車で送っていこうか」
「ラッシュの時間は避けるし、全国の妊婦さんだって同じように通勤してるんだから、心配しないで」
「他の人は他の人、飛鳥は飛鳥だろ」
ブツブツまだ口の中でぼやいてる横顔に、ホッとする。
なんだか昨夜、いつもと違う様子だったけど……気のせいだったみたい。
「あ、そうだライアン」
昨夜、というキーワードからふと思いついて、声をかける。
「ん?」
「昨夜、拓巳さんの話してたけど、もしかして彼に妊娠の話、した?」
「あ、……しちゃったけど、いけなかった?」
心配そうに聞き返す彼に、「ううん、大丈夫」と首を振った。
そっか。
ということは、奈央さんにも伝わってる可能性大よね。
この際だから、準備しなきゃいけないこととか、マタニティライフのいろいろ、相談にのってもらおうっと。
「飛鳥」
ささやくように呼ばれ、顔を上げた。