ガラスの靴は、返品不可!? 【後編】

藪から棒に呼ばれ、振り向くと。
いつの間にか目の前に、ひょろりとしたスーツ姿の男性が立っていた。

誰だろう?
細めた一重の目は……そう、あれだ。キツネに似てる。
でも……見覚えはない顔だな。
私の疑問に気づいたのか、その男性は丁寧な仕草で名刺入れから名刺を取り出した。

「Eトレーディングで社長秘書をしております、石塚光明(いしづかみつあき)と申します」

差し出された名刺を受け取って、習慣的に自分の名刺を返しながら。
その社名に聞き覚えがあることに気づいた。

そういえば、坂田が紹介してくれるって言ってた、新規のクライアントがEトレーディングだった。それを伝えると、石塚さんは「光栄です、覚えていてくださって」と柔らかな笑みを浮かべた。

「ここでお会いできるなんて、運がよかった。実は今日ちょうど、弊社の代表がイベントの視察に来てまして。よろしければ、ご紹介させていただきたいのですが」

「あの、申し訳ありません。坂田からお聞きかもしれませんが、御社の担当は別の者に……」

産休に入るから私はできないって、伝えてもらったはずなんだけど……

「あぁ伺ってますよ。ご妊娠されたとか。おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます」
「しかしどうでしょう、ここでお会いできたのも何かの縁ですし、御社とは末永いお付き合いをと思っておりますので、ご挨拶だけでも……いかがです?」
「はぁ……」

チラッとライアンのことが頭をよぎったけど。
結局連絡を待ってるしかできないし……

ひとまず自分の仕事に専念しよう、と心を決め。
「わかりました」と頷いた。

< 235 / 394 >

この作品をシェア

pagetop