ガラスの靴は、返品不可!? 【後編】

男を、僕は以前から知っていた。

あれは、その半年くらい前だっただろうか――


当時僕は、フランス語を習うために、市内中心部、旧フランス租界エリアにある教師の自宅へ通っていた。

送迎を命じられた黄の部下はいい加減な男で、僕を教師に預けると遊びに行ってしまい、レッスンが終わる時間になってもなかなか戻ってこなかった。
仕方なく僕は、迎えの車が来るまで付近で一人、遊ぶようになった。

ある時、そこへ一人の男が近づいてきて。


――何してるんだい? それは、漢字かな? えらいね、練習してるの?

地面に僕が書いた文字を見下ろしながら、南方なまりの北京語で話しかけてきた。


――……き、嫌いなんだけど。難しいし、覚えられないし……。

へたくそな文字を見られた恥ずかしさと、知らない大人に話しかけられた緊張感で口ごもる僕を。
しかし気にした風もなく、その男は続けた。


――漢字はおもしろいよ? 覚えるのは、難しくない。


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