ガラスの靴は、返品不可!? 【後編】
カップをテーブルに置き、その指を唇へ持って行く。
どんな熱も感触も、もう残ってない唇。
あんなあっさり淡々としたキス、初めてだった。
まるで……そう、友達にするみたいな。
ねえ、ライアン。
もしかして――
「ええっダンナが浮気!?」
後方の席から聞こえてきた甲高い声に、ガタッとテーブルを揺らしてしまった。
焦りながらテーブルを押さえ、チラリと肩越しに確認すると。
若いママの2人連れだった。
チャイルドシートに座った子どもたちは……優羽ちゃんより小さいかな。
「そうなんだぁ。相川さん、里帰り出産だったでしょ。実家が居心地よくてなかなか戻ってこないのかなって思ってたら……まさかそんなことになってたなんて」
「でしょー。あたしも聞いてびっくりしちゃった。なんと浮気相手が彼女の実家まで乗り込んできて、もう修羅場だったみたい」
「ええっマジで!?」
「そうそう。そうしたらご主人ね、『最初からそんなに子どもが欲しいわけじゃなかった』って、開き直っちゃったんだって。ほらあそこ、授かり婚でしょ」
「うわ、ゲスいっ。サイテー」
「即離婚。生まれた子も可哀そうだよね」
「ほんとねー。でも実際、周りに脅かされたことあるよ。奥さん妊娠中に浮気するダンナ結構いるから気をつけろって」
「あたしも聞いた。男の事情ってやつ? でもエリんとこは大丈夫でしょー。ラブラブなんだから」
「えーやだぁ。うちなんて全然。マナの方こそ、…………」
2人の声は、小さくなって。
楽しそうな笑い声に紛れて聞こえなくなってしまった。
カバンを引き寄せ、そそくさと立ち上がる。
とにかくその場から、早く消えてしまいたかった。