ガラスの靴は、返品不可!? 【後編】

「出産予定は10月です。ご報告が遅れて申し訳ありませんでした」

空室表示の会議室に連れ込まれ。
役員面接受けてるみたいに緊張しながら座った私は、テーブル越しに部長へ頭を下げた。
「驚かせてしまってすみません」

産休中の引継ぎ、進行中の案件、クライアントへの対応……
もろもろ、一番お世話をかけるに違いないのは部長で。

だから彼にはすぐ知らせなきゃって思ってた。
他のことに気を取られてる場合じゃなかったのに。
情けなさにキュッと唇を噛んだ時――

「おめでとう」

降ってきた優しい声に、伏せたのと同じ勢いでまた、ガバッと顔を上げた。
部長はそんな私を見つめながら、リラックスした顔に笑みを滲ませて頷く。

「よかったな」

オブラートの1枚だって挟まってない率直な言葉。
困惑とか苛立ちとか、否定的な感情とは無縁の表情……

緊張がどっと緩み、広がっていく安堵で胸がいっぱいになった。


「っ……はい……ありがとう、ございます」

「社内への告知は、まだの方がいいんだろう? 俺から伝えるから、知らせていい時期が来たら教えてくれ。悪阻は? きついのか?」

「いえ、身体は確かに怠いんですが、大丈夫です」

「そうか」と部長は頷く。
「全体の仕事量はこっちでも調整するが、調子が悪いときはすぐに休め。プレゼン当日だろうが撮影当日だろうが、構うことはない。いいな?」

「はい、ご迷惑おかけしますが――」

言いかけた言葉は、「やめてくれ」と苦笑交じりに遮られた。

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