ガラスの靴は、返品不可!? 【後編】
「飛鳥」
伸びてきた手が、私の腰を引き寄せる。
「ごめん。いきなり引っ越ししろだなんて、びっくりさせちゃったよね」
「……っ」
たまらず広い肩へ頬を押し付け、ぎゅっとその背に腕を回してしがみついていた。
何か言わなきゃと思うのに。
聞きたいことがたくさんあるのに。
全部の言葉が舌の上で固まってしまったみたいに、何も音にならなかった。
今鼻腔をくすぐるのは、彼の控え目なコロンだけ。
馴染んだシトラス系の香りに、胸がきゅんと引き絞られた。
そして気づいた。
体温が溶けあうほど彼に近づいたのは、久しぶりだってこと――
「ったく、完全にギャラリー無視かよ。やってらんねえな」
「もう、野暮なこと言わないでくださいませ。こういう時は黙って出てけばいいんですっ」
「はいはい」と肩をすくめる伊藤くんを引っ張り、マリーさんがそそくさと出ていって……
ぷぷっ
頭の上で、小さな笑い声。
「いるの、忘れてた」
「私も」
くすくす……
額を合わせて、ひとしきり笑って――全身が緩む心地がした。
仕草も表情も、何も変わってない。
私の大好きな、ライアンだったから。