ガラスの靴は、返品不可!? 【後編】
廊下へ続くドアを開けると、玄関で靴を脱いでいたライアンが顔を上げ、
「ただいま」って微笑んだ。
「お帰りなさい。食事は? 何か食べてきた?」
「いや、まだだよ。お腹ぺこぺこだ」
彼に向って歩み寄り――……あれ、と口の中でつぶやいた。
私たちの間に、微妙な空間が空いていたから。
今までならこの距離でももう、彼の腕が伸びてきて抱きしめられちゃうんだけど……。
お腹を気遣ってくれてる、とか?
小さな疑問を感じながら視線を上げれば、どことなく顔色が悪いような気もする。
照明のせい? 疲れてるのかもしれないな。
「ご飯、温め直すわね。あ、カバン……」
特に深く考えることもなく、手を伸ばした瞬間だった。
「っ!!」
ライアンの身体が弾かれたようにのけぞり、ドンっと壁にぶつかった。
「……ライ、アン?」
なに、今の。
「あ、……ごめん」
とっさに。
取ってつけたようなぎこちない微笑を浮かべた彼が、さらっと私の頭を撫でる。
「喫煙席しか空いてなくてさ。全身タバコ臭いんだよね。ちょっと先にシャワー浴びてくる。食事の用意、頼んでいいかな?」
「う、うん」
距離を保ったまま私の横をすりぬけた長身が、逃げるようにバスルームの中へ滑り込んでいく。
タバコ?
確かに妊婦にはよくないだろうけど……
それにしたって、あんなに避けなくたって。
どこかその態度が腑に落ちなくて。
私はしばらく、彼の消えたドアを見つめていた。